航空自衛隊のエースパイロットが墜落事故!?

 一九八七年のアメリカ・カリフォルニア州エドワーズ空軍基地、二〇二一年の沖縄県那覇市フローレンスこども園など、さまざまな時間と場所の光景を配した「プロローグ」から、本書は幕を開ける。二一年一一月二三日、那覇市にある養護施設「フローレンスこども園」では、新型コロナが小康状態になったお陰で「サンクスギビング・フェスティバル」が無事に開催され、人々は和気藹々とした時間を過ごしていた。祖母にも母にもネグレクトされ、三歳の時からこども園の保護を受けて成長した二六歳の金城華は、夫、三人の子どもと参加し、得意のたこ焼きを焼いている。そんな家族を見守るのは、こども園の副園長、新垣マリアだ。沖縄県糸満市でタクシー会社を営み、徘徊する少年少女を保護する活動を続けて「はいさいオジー」の名で知られる赤嶺芳春や、自衛隊切ってのエースパイロットである我那覇瞬も、フェスティバルに姿を見せていた。

 一方、東京・霞が関では二二年二月、東京地検特捜部の冨永真一が、アメリカ大使館の二等書記官らが関わる申請書偽造・仲介料詐取事件の「捜査打ち切り」を告げられていた。冨永は同年七月一日付けで、那覇地検に異動する。前任者が担当した最後の案件として引き継いだのは、六月二九日に那覇市で発生した殺人事件だ。被疑者の金城華は、DV(家庭内暴力)に耐えかねて夫の金城一を刺殺したと自白しており、一〇日目の勾留期限まであと二日。現場を検証し、華の供述に疑問を抱いた冨永は、勾留の延長を申請する。

那覇市の夜景 ©w.aoki/イメージマート

 その頃、航空自衛隊第九航空団404飛行隊の我那覇瞬一等空尉は、相棒の荒井涼子三尉とともに戦闘機F−77に乗り、日本の防空識別圏を飛ぶ彼我不明機(アンノウン)に相対していた。中国機とみられる彼我不明機の侵入が増えており、対抗する最新鋭機として、アメリカの軍用機メーカー、サンダーボルト社のF−77が配備された。この機種の性能に疑問を持つ我那覇だが、F−77はメーカーでしか解析できない“ブラックボックス”の比率が高く、アメリカの最先端の軍事技術(ミリテク)に触れられない。我那覇が違和感を深めていた矢先、民間人一人を巻き添えにする墜落事故が発生する――。

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東京地検から那覇地検に異動した冨永検事

 妻による夫殺しと、自衛隊パイロットによる墜落事故――。沖縄に赴任した冨永は、かけ離れた事件の捜査を担うことになる。

 このシリーズは、一見は無関係な事件や人物の動きが点々と併走しながら、それらが重層的につながりあい、やがて一つの大きな形を成していくスタイルであるのが特徴だ。一作目『売国』は、土建会社の脱税告発に端を発する東京地検特捜部の捜査と、ロケット開発。二作目『標的』は、日本初の女性総理と目される厚労相をめぐる疑惑に、検事の冨永が捜査で、暁光新聞クロスボーダー部の記者、神林裕太が取材で迫る。初めは無関係に動いていた冨永と神林に、やがて接点が生まれていた。そして三作目の本書は舞台を南国に移し、殺人と墜落というかけ離れた事件を通して、沖縄の姿をあぶりだしていく。

 主人公は検事の冨永だが、複数の視点を用いた群像劇のスタイルをとるのも、このシリーズの特徴だ。『売国』は冨永と、宇宙開発に夢をかける研究者の八反田遙。『標的』は、冨永と神林を主な視点にしていた。そして本書は、前二作よりもさらに多視点の群像劇になっている。第一章だけでも我那覇、かつて“悲願”を絶たれた楢原隼人元空将補、神林、マリア、そして冨永――と、視点がみるみる切り替わり、躍動感たっぷりに展開する。そもそも人はそれぞれに別のものを見ていて、さまざまな思いを抱いては暮らしているのだ。そんな多視点が交錯するうちに、どのような全体像が結ばれてゆくのかはスリリングで、描き分けていく筆致がとても巧い。