戦車の「逆走」は可能なのか

──戦車などの描写では、どんなご苦労がありましたか?

柏葉 前哨戦闘から戻ってくる90式戦車のシーンを描いているのですが、このシーンも悩みました。これは砲塔を真後ろの敵に向けて「砲塔が向く先とは逆方向に走行しながら砲撃する」というシーンなのですが、本当にそんな高度なことが可能なのか? という疑問が頭から離れなかったんです。

 砲撃の衝撃が進行方向に加わるわけですから、理屈では可能でも、やはりそういった状態で正確な砲撃や走行を行うのは非常に難しいんじゃないかと、そう思ったんです。でも同様に砲撃を行うシーンを富士総合火力演習の映像で確認し、うわぁ、凄いなと思うと同時に、本当に様々な想定をして訓練されているんだなと感心させられました。

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──柏葉さんは実際に現地に取材に行かれたとお聞きしました。

柏葉 今回、作品のイメージを膨らませるために現地の釧路町に取材に行ったんです。安達たちの小隊が配置されている国道272号線は原作でロシア軍が上陸したと想定される標津町から釧路町を結ぶ国道で片側1車線の一本道。両側にはなだらかな丘陵と畑や牧草地が続いている長閑な場所なんです。

 ここに蜘蛛の巣のような壕が何本も掘られ、自衛隊員が息を潜めて侵略者を迎え撃つ。現地に立っても銃声と火薬とは無縁の風景からはそんな想像はできませんでした。ただ、町役場の壁には自衛官募集の文字が目につき、近くには自衛隊の釧路演習場があり、やはりこの辺りは北海道の防衛にとっても重要な地点なのかなと感じました。

 ロシアのウクライナ侵攻という現実がある今、将来、作中のような悲劇が絶対起こらないとは言えません。僕たちは防衛という課題に無関心ではあってはならない時代に生きていると思います。

──北海道の風景描写も、実は本作の隠れた見所のひとつです。

柏葉 原作の描写に「フキ」や「笹」など北海道に自生する植物に関しての描写があるんです。砂川先生が北海道の部隊に所属していた関係もあり、そのあたりもしっかりと小説に書かれているので僕も少しでも臨場感を出そうと現地では多くの写真を撮って帰りました。

 やはり大きなフキや熊笹、そして白樺の原生林は北海道らしいなと……ただ、はたから見るとパシャパシャと道路脇のフキを撮る姿は、ただの変なおじさんでしたね(笑)。

かしわば・ひろき

1975年北海道生まれ。2007年、デビュー。著書に『映像ディレクター越智は見た 世界怪奇録』(原作・越智龍太)など。

小隊

砂川 文次 ,柏葉 比呂樹

文藝春秋

2025年3月21日 発売