広瀬すず、杉咲花、清原果耶という豪華トリプル主演、そして『花束みたいな恋をした』(2021年)以来の脚本・坂元裕二と監督・土井裕泰の再タッグと、公開前から話題に事欠かなかった映画『片思い世界』。タイトルからは想像もつかない展開に、多くの観客が驚きを隠せなかったことだろう。ネタバレが解禁され、さまざまな意見が飛び交う中で、本作が坂元裕二という作家への理解度を試す作品であるという側面も見えてきた。だからこそ、彼の過去作を振り返りながら、本作の魅力とその深層を掘り下げていきたい。

『片思い世界』公式Xより

(この記事は『片思い世界』についてのネタバレを含みます)

“セカイ系”坂元映画の誕生

 本作は、特別な絆で結ばれた美咲(広瀬すず)、優花(杉咲花)、さくら(清原果耶)の3人が、ひとつ屋根の下で仲睦まじく暮らす物語として始まる。一見穏やかな日常のように見えるが、その実体は異なる。

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 今から12年前、合唱コンクールを翌日に控えたある日、同じ児童合唱団のメンバーだった彼女たちは突然その命を奪われた。しかし、3人は幽霊として、まるで生きている人間と変わらないように日常を送っている。ただ、“ふつう”に生きている人からは彼女たちの姿は見えず、声も届かない。

 これは本編開始後わずか25分ほどで明かされる物語の設定に関わる部分であり、ここを「ネタバレ」とする必要は本来ないようにも思える。劇中では、量子力学の概念とともに、彼女たちが「現実世界とは異なるレイヤー世界に存在する」という説が展開されていた。そんな彼女たちが何とかして現実世界に戻ろうと試みるというストーリーだ。

 映画『ファーストキス 1ST KISS』(2025年)もそうであったように、本作にもSF要素が組み込まれている。これまでテレビドラマなどでリアリティを重視し、個人と社会をつなぐ「日常」を丁寧に描いてきた坂元だが、今年公開された2作からは、映画というフィールドにおいて新たな挑戦をしたい気持ちが強く感じられる。

 それは、『スイッチインタビュー』(NHK、2025年4月4日、11日放送回)で新海誠を対談相手に選んだことからも明らかだろう。近年の日本映画界は、アニメ作品の興行成績に大きく依存している現状がある。実写映画もアニメと伍していくためには、坂元作品において定評のある“日常系”に留まらず、新海作品のように観客の感情に強く訴えかける要素を持つ“セカイ系”の作風を選んだというのは理解できる気がする。

新海誠監督 ©文藝春秋

 見慣れた坂元作品とは異なるテイストに戸惑った観客も多かっただろう。しかも、対談相手の新海が指摘したように、本作は「SF的な説明がほとんどない」。だが、それに対して劇中の台詞で返すならば、「そういうさ、本物に詳しいからって揚げ足取るのよくないと思うよ」(美咲)なのだ。

 SF的要素の整合性に関して指摘をしている観客もいるが、そこを気にしていては、『片思い世界』の本質を見失ってしまう。なぜならば本作は、これまでの坂元作品の登場人物たちが抱いてきた哲学や世界観が、物語として具現化された作品だからだ。坂元自身もパンフレットの中で「自分の38年の脚本家人生は、これを書くためにあったんだな」と語っている。つまり坂元がこれまで伝えてきたメッセージを、2時間の映画に凝縮した集大成的な作品と言えるだろう。それゆえに本作は、これまでの坂元作品に触れておくことで、より深く味わうことができる。