「徹底的にやったる。店燃やしたる。殺したるで!」
2012年に起きた「スナック放火事件」。男はなぜ、一度は愛した女性を焼死させたのか…。事件に至るまでの経緯をお届け。なおプライバシー保護の観点から本稿の登場人物はすべて仮名である。(全2回の1回目/後編を読む)
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人気スナックで起きた「不幸な出会い」
水商売をしていた母親に苦労して育てられた安井愛美さん(当時27)。中学卒業後にすぐに働きに出て、10代で結婚・出産。幼い息子を怒鳴り散らす夫に嫌気がさし、数年で離婚し実家に戻った。
実家には母親とワーキングプアの兄がいた。愛美さんの息子は病気がちで、その世話に追われながらも、一家を支えるために懸命に働き、「いつか一緒にスナックをやりたい」という母親の夢をかなえるため、資金をためて2009年にスナックを開業した。
人当たりのいい愛美さんがママになり、母親や友人らが従業員として働き、アットホームな雰囲気が受けて、たちまち人気スナックになった。そこへ客としてやってきたのが鈴村健(同35)だった。
鈴村は既婚者だったが、地元に妻子を残して、出稼ぎに来ている建設業の親方だった。愛美さんを一目見て気に入った鈴村は、妻帯者であることを隠して交際を迫り、毎日のように店に通い詰めた。愛美さんの息子が病気がちなことを知ると、見舞金として10万円をポンと渡したり、テレビや指輪、ネックレスなどを次々と買い与え、巧みに愛美さんの気を引いて、半年後には交際にこぎつけた。
「愛美ちゃん、オレはアンタと付き合うのが夢だったんだ」
「でも私、結婚は出来ないの。子どもが大きくなるまではガマンしてね」
「ああ、わかってるとも」
だが、そのことが妻にバレて、鈴村は離婚に追い込まれた。すると、ますます愛美さんに執着するようになった。愛美さんが他の客と話しているだけでも怒るのだ。
「お前、あの客に気があるのか。浮気してるんじゃねぇのか?」
「そんなわけないでしょう」
「仕事が終わったら、必ずメールで報告しろ。分かったか!」
「子どもの世話もあるから約束できない」
「オレと子どものどっちが大事なんだ。家族旅行する暇があるなら、オレと付き合え!」
ついには「子どもを殺すぞ!」と脅迫
次第に息苦しくなった愛美さんは鈴村に別れ話を切り出した。すると鈴村は〈子どもを殺すぞ!〉などと脅迫してきた。それに耐えかねた愛美さんがスナックへの出入り禁止を言い渡すと、〈それなら今までにやった金もプレゼントも全部返せ!〉というメールを送りつけてきた。
「もうこの際だから、全部返すわ。私が返すことなんかできないと思って、こんなメールで嫌がらせしているのよ」
愛美さんはプレゼントされたものに加え、鈴村から受け取った現金21万5000円を用意し、それを母親と兄の交際相手に託した。
「変なことをお願いして申し訳ないけど、これを鈴村のところに持っていってほしい。私が行くとまたモメるに決まってるから」