見せしめの医療保護入院

「バリカン脅迫事件」から数日後、T作業所では朝から鳥内さんの話題で持ちきりだった。アルコール依存症の名目で、精神科病院に医療保護入院させる話が進行中なのだという。

 医療保護入院とは、家族等のうち誰かの同意を拠り所とする強制入院の一形態で、日本特有のものである。諸外国では、たとえ医療保護入院のような形態を取るにしても、およそ以下の2点において、限定的に適応することに留めているという。

 1、入院の非長期化。2、主治医とは別の入院決定を判断する第三者機関の設置。

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 しかし、日本では「生かすも殺すも」家族次第である。精神医療審査会による入院の必要性に関する審査制度は設けられているものの、これは簡易的な書面審査に留まり、入院者の権利擁護の手続きにほとんど貢献していないという現実もある(第一、入院者の多くはそんな制度があることさえ知らされていない)。そのため入院が長期化する傾向があり、遺産をめぐる骨肉の争いなどから、入院の必要のない者が長期にわたって精神科病院に放り込まれることも珍しくない。

©GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート

 この日本の医療保護入院制度は「人権侵害の問題あり」として、国内外からその違法性が問われてきた。

 鳥内さんには肉親がいない。医療保護入院の形態を適用するとなれば、自治体の長(市長など)が便宜上の「家族」を務めることになる。が、会ったこともなければ、顔も知らない赤の他人。仮に鳥内さん本人が入院に猛抵抗を示したとしても、自治体の長が同意の判を押しさえすれば、入院は強制的に執行されてしまう。早い話が、T作業所と主治医の胸算用一つで、病院送りか否かの運命が決まってしまうのだ。

「懲罰」の2文字が、私の脳裏に浮かんだ。同じような想いは、他のパート職員も抱いたらしい。こう口にした。

「鳥内さんは暴れたり、クダを巻いたりなど、アルコール絡みの問題行動を起こしたことなんか一度もありません。幻視や幻聴などの離脱症状が出たこともないし、彼はアルコール依存症じゃないですよ。だから、入院は見せしめでしょうね。懲罰だと思います」