――学校ではどうだったんですか。
時東 両親が離婚した中で、頑張って中学校に通うんですけど、その時の私が変な道に逸れなかったのは中学時代の先生のおかげなんです。私のことをお父さんよりも見てくれていて、すごい叱ってくれて。その先生の言うことは間違いないと思って頑張っていたんですけど、高校で、ゆとり教育にハマってしまって(笑)。
――ゆとり教育に“ハマる”ですか?
時東 私の頃は本当にゆとり、引くほどゆとりだったんです。先生より生徒の方が立場が強い時代で。たとえば、みんな実際のクラスと違うクラスで授業を受けていたり、携帯電話を机に置いて、テレビ電話しながら授業を受けていたりしました。
制服もとにかく短い。リボンの代わりに好きな人のネクタイしたり。私もめっちゃ眉毛は細いしピアス開けるわ、金髪に染めるわとバリバリの陽キャでした。
――後にメガネキャラでブレイクしますが、陽キャだし、運動神経もいいし、漫画的なメガネキャラとは真逆ですね。
時東 よく言われます(笑)。視力も1.5ありましたし。最初の頃はクラスの勉強が得意で静かな子みたいに思われていて、ファンの方から「僕の初恋の人がメガネをかけてたんでファンになりました」と聞くと、内心「ごめん、全部反対の人間なんだ」って思ってました。
世田谷のバリバリの陽キャからメガネアイドルに
――そんな世田谷のバリバリの陽キャだった時東さんが、なぜメガネアイドルになるんですか。
時東 高校時代の親友が読者モデルだったんですが、その子の事務所が背が小さくて、胸の大きい子を探しているというので、親友が私を推薦したんです。
その親友の事務所の社長からの紹介で最初の事務所の「シャイニングウィル」に入ることになって。一番最初に撮影した写真が送られたオーディションがミスマガジンだったんです。

