かつて、ツイッターと呼ばれたソーシャルメディアがあった。青い鳥がトレードマークの、2006年に開始されて以来、無名の人々から大統領まで使っていた、世界最大のSNSプラットフォーム。
ある日、1人の大富豪がツイッター本社を訪れた。その日以降、ツイッターに暗雲が垂れ込め、そしてついに青い鳥は粉々に破壊される。代わりに現れたのは「X」という文字のロゴマーク。青い鳥の王国、ツイッターは死んだ。永久に。
ツイッター社を乗っ取った大富豪の名はイーロン・マスク。火星の植民地化を目指す民間航空宇宙企業・スペースXの創業者にして電気自動車メーカー・テスラのCEO。フォーブスの2025年版の長者番付では世界1位の座を占めた、多大な富と影響力を持つテック・ビリオネアである。極端なスタンスやSNSでの物議を醸す言動など、良くも悪くも「天才型」のパーソナリティが取り沙汰されがちでもある。
そんなマスクが2022年10月、突然ツイッター社を買収した。ツイッター社員や株主にとって、もちろんユーザーや広告主にとっても、それはまさしく青天の霹靂としか言えない出来事だった。本書『Breaking Twitter』は、マスクによるツイッター買収が巻き起こした混乱と激動を、まるでその場に立ち会ったかのような臨場感あふれる筆致で描き出したノンフィクションである。著者は映画『ソーシャル・ネットワーク』の原作など、数多くのベストセラーを書いてきたベン・メズリック。マスクの公式伝記がマスクの視点からツイッター買収を描いていたのに対して、本書は基本的にツイッター社員の視点から買収事件を描いているのが特徴といえる。
買収劇は、無計画な即断や気まぐれの連続だった。ツイッターのトップに立ったマスクは上層部を即日解雇し、社員の半数をメール1本で切る。極めつけはモデレーション体制の解体だ。そもそもマスクがツイッターを買収した理由のひとつは、彼の奉じる「言論の自由」が今や危機に瀕していると考えたからだ。ゆえに、凍結されていたアカウントは復活させるし(そこにはドナルド・トランプも含まれていた)、アルゴリズムもオープンソースにすると公言する。結果、陰謀論とヘイトがタイムラインにあふれ、広告主とユーザーは流出していく。さらにマスク自身、「言論の自由」の絶対化という理念を裏切るような振る舞いに及ぶと、新たなツイッター体制の矛盾は誰の目にも明らかになった。
本書が抉り出すのは、誰もが発信したり対話に参加できる公共圏を、1人の気まぐれな億万長者が私有化してしまうことの危うさだ。「自由」と「無責任」は紙一重であるという教訓、それは青い鳥亡き後の荒野――すなわちXと呼ばれるSNSに立つ私たち全員に突きつけられている。
Ben Mezrich/1969年生まれ、アメリカ出身。ノンフィクション作家、小説家。映画『ソーシャル・ネットワーク』の原作『facebook 世界最大のSNSでビル・ゲイツに迫る男』、映画『ラスベガスをぶっつぶせ』の原作『ラス・ヴェガスをブッつぶせ!』など著書多数。
きざわさとし/1988年生まれ。インターネット文化、思想など複数の領域に跨った執筆活動を行う。近刊に『終わるまではすべてが永遠』。
