「旧ソ連諸国の上を飛ぶ南回りは危ないから、北回りのルートで帰ってくれ」

 ロシア側はただちに反発して、まず5月にカーン検察官と予審第二部の裁判長をしていたアイタラ判事を指名手配しました。7月に私、9月にピオトル・ホフマンスキICC所長(当時)と裁判官2名、11月にもう一人の予審第二部のウガルデ判事など次々と裁判官たちが指名手配されています。

 私の場合、ただちに日常生活が変化したわけではありませんでした。NHKのニュースで事実を知ったあとも、それほど緊張感なく日本で休暇を過ごしていて、大学の同窓会では「あ、指名手配犯が来た」とからかわれたりしていました。

 他のICCのメンバーのほうがその状況をもっと重く受け止めていたようです。私が手配されると、すぐにハーグの本部から電話がかかってきました。本部の人は、どうすれば私が安全にオランダへ戻れるかと、すごく心配してくれていた。

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 私は、日本とオランダを行き来するときに、いつも同じ航空会社を使っています。直行便だからです。そのとき本部の人からはこう言われました。

「旧ソ連諸国の上を飛ぶ南回りは危ないから、北回りのルートで帰ってくれ」

 2021年にベラルーシが旅客機を強制着陸させてメディア関係者を拘束したことがあった。本部の人は、最悪のケースを懸念していたようでした。ところが、航空会社に確認してみると、南北どちらのルートになるかは当日の天候などの条件で決まるらしい。ICCが「なるべく北回りで飛んでほしい」と航空会社にお願いをしたら、「天候は私たちにコントロールできません」と言われてしまったそうです。それで、本部の人は「アメリカ経由で帰ってくれ」と言い始めた。私は「死ぬほど疲れるからイヤ」と抵抗しました。何度も押し問答をした記憶があります。

 結局、私は予約した便に乗ってしまいました。確認してみるとベラルーシの上空は飛ばないようだし、大丈夫だろうと思った。結果的にそのときのルートは北回りでした。以後、何度か南回りのフライトにも乗っていますが、いまのところ無事です。

©Unsplash

 このときに実感したのは、ヨーロッパの人たちと日本人の危機管理など意識の差です。他国と地続きの場所で暮らしている彼らは、セキュリティについての感覚が私たちとまるで違う。たとえば、マフィアに狙われた経験もあるアイタラ判事は、早い段階から「ICCとオランダ政府が連携して私たちの身辺警護をすべきだ」と訴えていました。

 その後、私にも警護がつくようになりました。当時のICC幹部がオランダ政府に働きかけたり、日本政府にも何度も頼んでくれたらしくて、それで、安全対策が進んだと聞いています。日本では、メディアの皆さんも「赤根さんを守れ」と声を上げてくれたそうです。帰国した際にも必要に応じて警護についてくれるようになりました。

 現在の私は、なるべくオランダから出ないようにしています。そもそも外出自体をあまりしません。もし何かあったら、ICCのみんなに迷惑がかかってしまうからです。どうしても必要な用件を除いては、自重しています。