道尾秀介さんが、大人気の「リアル脱出ゲーム」を企画運営するSCRAPと組んで制作した犯罪捜査ゲーム「DETECTIVE X CASE FILE」シリーズが大きな話題を呼んでいます。一方、小説と写真を融合させた「いけない」シリーズも累計55万部と多くの読者を獲得、道尾さんが仕掛ける“体験型”ミステリーの広がりはとどまるところを知りません。
小説とは一味違うエンターテインメントが生まれた経緯、そして“体験型”ミステリーの可能性とは? 道尾秀介さんとSCRAP代表・加藤隆生さんが語り尽くします。(「オール讀物」2023年7月号からの転載です)
「DETECTIVE X」制作開始!
加藤 「DETECTIVE X」は道尾さんとSCRAPの共同で制作したという形ですが、僕らは「道尾秀介・作」だと思っています。プロデューサーとディレクターの関係が一番近いと思うけど、中身を作ったのは道尾さんで、SCRAPは道尾さんの作った物語を一番良い形、一番プレイヤーの手に届く形で送り出す道筋を整えた感じです。
道尾 手がかりにする音源も自分で製作しましたし、新聞記事を再現するためにInDesignというレイアウトソフトの使い方まで覚えてしまいました。写真は『いけない』の時と同じでラフスケッチを描き、撮影現場に立ち会ってまたイメージに近づくように微調整を重ねて。
加藤 道尾さんは、隅から隅まで自分でコントロールする方なんですよね。小説家と一緒にゲームを作ること自体初めてなので、小説家がみんなそうなのか、道尾さんが特殊なのかは分からないんですけど。ゲーム制作は分業制で、僕らの会社でも1人当たり年間4~7本、並行して携わって、「ここまでやったから、後はよろしく」と任せるのが普通なので、筋書きだけでなくシーンごとの絵コンテまで完成した状態で持ってきてくださったのには驚きました。
道尾 ラフをつくったあとの、“デバッグ”が僕にとっては新鮮でした。試作段階のゲームを、初見の人がプレイしてエラーやバグを見つけて修正する作業。小説でいうと、数人に一斉に原稿を読んでもらって、その表情を著者が観察したり、意見を集めたりする、みたいなあり得ないプロセスを、ゲームの世界では必須のものとして行うんですね。
加藤 僕らにとってデバッグは日常です。自分の思いついたことが面白いのか否か、プレイヤーに面白さが伝わるのかを確認する。個人のアイデアを爆発させることと、客観的に眺めて修正するということを日々繰り返しています。
道尾 デバッグで洗い出される改良点そのものは、細かいことばかりなんですけど、僕にとってはプレイヤーの反応を目の前で確かめられるのが嬉しくて。じつは僕、「最後の謎を解いた瞬間の顔」を目撃したんですよ。カッと目を見開いて息をのんで、猛烈な勢いでスマホを手に取って答えを入力して見事に事件解決! その興奮を目の当たりにして、すごいものを作っている実感を得られたのが、デバッグの最大の効能でした。
ゲームと小説の還流
加藤 「DETECTIVE X」は7割近くが弊社店舗や通販サイトで購入されている感じで、まずは謎解きファンが熱く反応してくれました。去年11月の発売後すぐにSNSでわっと広まった。普段からリアル脱出ゲームなどに馴染んでいるファンというのは独自のリテラシーが発達した人々で、物語について評するときに「何が良かった、どこに驚いた」と言うことも許されない文化があるんです。極論すれば後味の良し悪しを言うことさえネタバレに当たる。我々の業界では「衝撃のどんでん返し」も禁句ですから。その結果、物語の魅力を「道尾秀介、凄い」という言葉に集約して発信している印象です。
道尾 販売データによると購入者の中で、僕の小説の読者は4割くらいでしたよね。6割は僕の名前関係なく、SCRAPが何か凄いものを出したぞ、と買っている。すると、普段から小説をよく読む層とは違った面白い感想が聞けるんです。「何も言えねえ!」みたいなハイテンションで感情丸出しのコメントが多くて、見ていて楽しくなります。
加藤 何より嬉しいのは、ほぼすべての感想が「この形式で第2弾を!」と次作に期待してくれている。これは最大の賛辞じゃないかと思います。
道尾 今回の「御仏の殺人」に「CASE FILE #1」と銘打ったかいがありましたね。この形式はまだまだ可能性があるし、模倣がしにくいのも強み。物語、音源、画像などを僕が最初にすべて作るという分業不可の部分と、僕が考えたことを実際に「物」にする製造から、管理、流通、販売までのノウハウを持つSCRAPの企業力とが合わさって初めて実現できるものだから、まず真似できない。少なくとも、「DETECTIVE X」を超えるものは作れないと信じています。でも、万が一、似てるけどクオリティが低い作品が出て、そちらを先にやった人が「なんだ犯罪捜査ゲームってこの程度か」と思ってしまったらすごく嫌ですよね。
加藤 確かに。海外で脱出ゲームに行くとたまに「う~ん、こんなんじゃないんだけどな」と残念な気持ちになるのと同じですね。ということは、第2弾を早めに。
道尾 期待に応えるペースで出していくしかないですね。
*「DETECTIVE X CASE FILE #2 ブラックローズ」は2024年9月に発売された