1万株→現在は7000株 「消えた3000株」の行方は…

 心当たりは1つある。2019年10月の「令和元年東日本台風」こと台風19号だ。

 静岡、関東甲信越、東北地方で記録的な大雨となり、死者は100名を超えた。この台風で箱根登山電車は土砂流入や橋脚流出など甚大な被害があり、全線運転再開まで9カ月間を要した。きっとこのときにあじさいも流れてしまったのではないか。

 しかし、小田急箱根営業企画部・藤田雄介課長に聞くと「違う」という。

ADVERTISEMENT

「(あじさいに関しては)2019年の台風の影響は限定的でした。近年の減少はシカやイノシシによる食害やあじさい株の老齢化によるものです」

あじさいを植えた理由は「景観」だけではなかった

 実は、あじさいの植栽には景観以外の理由があった。土留めだ。

 雑誌「鉄道ピクトリアル」1990年9月号によると、「箱根登山電車の線路際は盛土が多く、法面が雨で流されやすい。そこであじさいを植えて地中に根を巡らせて土の流出を防いだ」とある。植栽は戦後に本格化したという。当初は神奈川県花のヤマユリを植える案もあって試験的に植えた。しかし、百合根として食用にするくらいだから、すぐにイノシシに食べられてしまって断念したとのこと。

 土留めの効果は前出の小泉照男氏も書いている。初めはおもてなしのつもりで植えてみたけれど、何度か大雨を経験するうちに、土留めの効果も評価されたということだろう。戦後の植栽はむしろこちらの理由の方が大きかった。台風19号であじさいの被害が限定的だった理由は、土留めが効いたともいえそうだ。あじさいがなければもっと被害が大きかったかもしれない。

あじさいの根が法面の強度を上げている(筆者撮影)

「15日」のために「1年」かけて作業する

 とはいえ、今となっては観光目的の方が強くなっている。

「大型連休と夏休みに挟まれ、(梅雨もあって)お客様がお越しにならない6月という時期に、楽しんでいただこうと、職員があじさいを植えています。シカやイノシシに食べられてしまうことも頻繁にあるのですが、それでも毎年、お客様に喜んでいただけるように取り組んでいます」(小田急箱根鉄道部・飛鳥井(あすかい)精一氏)

 登山電車のあじさいライトアップは6月30日までの約15日。午後6時30分から午後10時。夜のあじさい号は電車の照明を暗くして、徐行または停車してあじさいをゆっくり観賞できるが、定期列車でもライトアップを楽しめる。

 この期間のために、大変な手間がかかっている。例えば、花が咲き終わる酷暑の頃に枯れた花弁を取り除く。真夏には新芽が増えるけれど、間引きをしないと蒸れて株が生育しにくいのだ。冬は枯れ枝を払い、春は周囲の雑草や伸びすぎた蔓、枯れた株を取り除いて植え足す。そして、花が咲く直前には社員総出で草を刈る。

開花が間に合わない場所にプランターを並べていた(筆者撮影)

 こうして、再び1万株へと取り組みが続くのだ。かつて訪れた人にとって、今年のあじさいは全盛期より少なく見えるかもしれない。しかし、これから毎年、訪れるたびに花は増えていくだろう。時が経てば、花は増える。そう思うと、毎年、箱根に訪れて見届けたくなる。
 

次のページ 写真ページはこちら