NHK朝ドラ「あんぱん」では、やなせたかしをモデルにした嵩と父・清との関係が描かれている。実際の親子関係はどうだったのか。ライターの市岡ひかりさんは「やなせたかしは5歳のときに父を失う。しかし愛する父とは生涯、心はつながっていた」という――。

※本稿は、連続テレビ小説「あんぱん」6月19日以降放送のネタバレを含みます。

写真=時事通信フォト 「ロロ・ピアーナ ヒョンビン・エディション」のプレビューイベントに来場した俳優の北村匠海さん(=2023年4月11日、東京都中央区銀座) - 写真=時事通信フォト

やなせたかしの父・清とはどんな人物だったのか

「いいか、嵩……お前は、父さんの分も生きて……みんなが喜べるものを作るんだ……。何十年かかっても、諦めずに作るんだ……」

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NHK連続テレビ小説「あんぱん」第59話(6月19日)で、食料が尽き、空腹で倒れた柳井嵩(演・北村匠海)の前に現れてそう語りかけたのは、亡き父・柳井清(演・二宮和也)だった――。

「あんぱん」は、すでに清が中国で他界したところから物語が始まっているため、これまで回想シーンや写真でチラッと登場するだけだった。まとまったセリフを発するのは今回が初めてとなる。満を持して登場し、アンパンマン制作へとつながる意味深なセリフを残したシーンは、視聴者に強烈な印象を残したに違いない。

ただ、幻の父が夢枕に立ち、アンパンマン誕生を匂わせるセリフを言う……というのは、いかにもドラマ的演出のようにもみえるかもしれない。しかし、実はこのシーン、史実と密接に結びついている。やなせたかしの著書を読み解くと、あの短いシーンでは伝えきれなかった父・清の嵩への愛や、アンパンマンとの深いつながりが浮かび上がってきた。

5歳のときに中国で死去

清とは、どのような人物だったのか。やなせたかしの著書『アンパンマンの遺書』(岩波現代文庫)や『人生なんて夢だけど』(フレーベル館)によると、清は高知県香美郡香北町で柳瀬家の次男として生まれた。秀才であり、上海の東亜同文書院に県費で留学。帰国後は、日本郵船、講談社を経て、招かれて朝日新聞の社会部記者となった。

優しい父だったという。子供を連れて、しょっちゅう家族旅行に行った。日光、富士登山、博覧会……。やなせの記憶にはないが、さまざまな旅先での写真が残っている。仕事に出かけると、毎日のようにお土産を買ってきてくれた。文学や音楽を愛し、家には蓄音機があったが、子供向けの童謡のレコードも備えられていたという。やなせもそんな父になつき、寝巻に着替えさせるのが父でないと嫌がったほどだ。