家族を絵に描けない子どもたち

 子どもたちに根深い影響を与えていたのは、「執着を絶つ」として教団内で親子関係が否定され、一緒に出家しても親と引き離されていたことだ。「親の名前や顔を忘れたと話す子もいた。子どもは特定の大人から特別な愛情を受けて自己肯定感を育み、人を信頼できるようになる。情緒が欠如する影響は大きい」。そう言って、保坂は子どもたちが描いた絵を宮川に見せてくれた。

 被験者に絵を描いてもらう心理検査の手法を描画法と呼ぶ。その一つが「HTPテスト」だ。家(HOUSE)、木(TREE)、人(PERSON)の絵から、被験者の家族に対するイメージや無意識の自己像などを調べるもので、児童相談所では広く用いられている。

 オウムの子どもたちが描いた家は、煙突から炎が噴き出ていたり、極端に小さかったり、傾いていたりした。そもそも家を描けない子もいた。保坂は「家族関係に苦しみや怒りを抱いていることが表現されている」という。

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「家族を描く」という課題はさらに難しかった。家族全員の絵を描けた子は一割に満たず、思春期の子どもは誰も家族を描かなかったという。父親の絵を描いて後から消そうとしている絵もあった。

「オウムの教義では親子関係は執着とみなされ、地獄に落ちるという恐怖を教え込まれていたため、父親を忘れなければいけないという思いがあったのではないか」と保坂は推察する。

オウム真理教の子どもたちが描いた絵

 人を描いてもらうと、裸の絵が多いのも特徴的だった。通常は小学校低学年でもたまにしか見られない描写だが、オウムの子どもたちは小学校高学年でもこのような絵を描くケースが見られた。

 一時保護所では、次第に野生児のように泥だらけになって遊ぶ子もいて、保坂の目には「育ち直し」をしているように映った。最初は紙の隅っこに小さく描かれていた木の絵が、次第に大きく描かれるようになった。