嫌われヒロインのぶ(今田美桜)は、これから戦時下をどう生きるか。

 中園ミホが脚本を書いた『あんぱん』は、確実に視聴者の心を掴んでいる。この朝ドラは好き、でものぶは嫌い。そんな反応をネットでよく目にする。

 小学校教師のぶは、子どもたちに「お国のために御奉公しなさい」と迷うことなく教えこむ。要するに、大きくなって戦場に行ったら、お国のために命を捧げろ、ということだ。

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 中園さん、凄いね。軍部の指導者が戦争を煽り犠牲者が増えた。そんな俗説は、あっさり断罪する。国防婦人会を先頭に、女も子どもも戦争を熱狂的に支持した事実が描かれる。

中園ミホ ©文藝春秋

『あんぱん』には幾つもの名シーンがあった。のぶの妹、蘭子(河合優実)が石工の豪(細田佳央太)に抱く切ない愛情。「もんてきたら、嫁になって下さい」と告白した豪が中国の戦地で亡くなった。

 優しさも無くしたのぶには、家族同然の豪の死を悼む心は、とうにない。結婚の約束をした豪の死を、姉に、「お国のための名誉の戦死と思うちゃらんと」そんな酷薄で偽善的な言葉で反応された蘭子は憤りをぶつけて、主役を食う神演技と評された。

 銃後の苛烈な実態が浮かびあがる。嵩(北村匠海)が出征する場面。婦人会に促され「お国のために立派に」と伯母がいいかけたとき、奔放で我がままに生きてきた母の登美子(松嶋菜々子)が「死んじゃ駄目よ。卑怯者でも、何をしてもいいから生きて帰ってきなさい」と町民と憲兵、特高の前で叫んで、これも忘れられない名シーンになった。

 中国戦線で戦う嵩にも古参兵の鉄拳制裁が。そんな帝国軍隊の悪しき慣習は無視し、新兵を殴らず、クールに古参兵にも睨みをきかせる八木上等兵(妻夫木聡)は、最後まで理不尽な戦争を嫌い、嵩を守って観る者を惹きつけた。

 やがて中国戦線の日本軍は飢えに苦しみだす。食料は届かず、現地の農家に押し入り、食料を強奪する。中国人の老女性が、あるのは産みたての卵これだけ。そういって茹でた六個の卵を兵士たちの前に。極限の空腹に陥った兵士は、卵を殻ごとむさぼり食らう。これが中国での日本軍の実態だ。他国に侵入して空腹を満たすために銃剣を突きつける。このシーンも視聴者に衝撃を与えた。

 心に残るシーンは、すべて今田美桜が負のヒロインだったか不在のとき。そして戦争が終わり、のぶは自分が間違っていたと反省するはずだ。一億総懺悔。

 昨日まで鬼畜米英を絶叫した連中が、アメリカの讃美者になる。これで今田美桜は愛されヒロインになれるか。中園ミホは戦争の悪と空腹を描くため、今田美桜を嫌われヒロインのままでおくかもしれない。

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『あんぱん』
NHK総合 月~土 8:00~
https://www.nhk.jp/p/anpan/ts/M9R26K3JZ3/