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日本vs.ベルギー戦の舞台 ロストフアリーナの“大誤算”

ロシア建築史家による「決戦」と「決勝」のスタジアム論

2018/07/02

「非合理的」で「非経済的」な建築デザイン

 このように猛威を振るった社会主義リアリズムは、けれどもスターリンの死後ソ連のトップの座に就いたフルシチョフによって、間もなく「非合理的」で「非経済的」な様式として否定される運命にあった。その結果、作りかけのソヴィエト宮殿の基礎部分は世界最大の屋外プールへと転用され、建設中だった他の建築物の多くも簡素化された。ルジニキはさほど大きな変更を被ることなく建設されたが、そのデザインは完成時からすでに時代に取り残されつつあった。

ルジニキでの開会式でプーチン大統領の挨拶を聞く観衆 ©JMPA

 1980年のモスクワ五輪の際には、ルジニキはメイン会場となり、照明や中継設備など多くの機能がアップデートされた。だがその栄光は長くは続かなかった。80年代後半からロシア社会を飲み込んでいく巨大な変化の波は、ルジニキをも翻弄していく。ゴルバチョフによるペレストロイカとそれに対するクーデターの失敗、そしてソ連自体の解体――これらの怒涛の変化の中で、ルジニキは旧ソ連の他の多くの施設同様民営化され、マイケル・ジャクソンら西側の著名なアーティストのコンサート会場としても利用されるようになる。

ルジニキでの開会式 ©JMPA

過去と現在が常に交錯する、現代ロシアを映し出す場所

 再度の変化は1995年、当時のモスクワ市長ルシコフのスタジアム改装計画によってもたらされた。ルジニキにはじめて屋根が架けられたのである。それまでベンチだった客席も、個人ごとの独立したシートへと変更された。そして今回、W杯に向けて陸上競技用のトラックは撤去され、ルジニキはサッカーに特化されたスタジアムへと新たに生まれ変わった。観客席も9万席まで増設され、より多様なニーズに対応することが可能になった。だがその一方で、スターリン時代の外観は歴史的遺産として現在に至るまで保存され続けている。過去から連続する部分と、常に更新され続ける部分からなるルジニキ――その姿は、現代ロシアを映しだす鏡であるともいえるだろう。

決勝ではどんなドラマが観られるのだろうか ©JMPA

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