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詳しい入手経路は明らかにできないが、この病院内に北朝鮮の指導者の妻が入院しているという噂が広まっており、たまたまカメラを向けた人がいた。彼女の死去から20年以上経っているが、「あなたが必要なら使ってほしい」と提供を受けた。写真を見た瞬間の驚きは今も忘れることができない。
頭に白い帽子をかぶっているものもある。抗がん剤の副作用で、髪の毛が抜けてしまったためらしい。顔はややむくんでいる。笑った写真もあるが、暗く憔悴した表情のものが大半だ。その横顔は、息子である金正恩の現在の顔つきに酷似している。
また複数の人に囲まれながら車いすに乗っている写真もある。長い闘病によって相当体力を失っていたのだろう。そばにはいつも東洋系の女性が1人付き添っていた。関係者に見てもらったところ、実の妹の容淑ではなかった。北朝鮮から派遣された警護要員と思われる。
いずれも痛ましい写真だ。しかし、一刻を争う重篤な症状なのに、治療のため北朝鮮からはるか遠く離れたフランスまで行かねばならなかったこと、夫に看取られることなく孤独の中で旅立ったことは記録しておかねばなるまい。それが、この写真を託された私の責務でもある。
彼女の死は、北朝鮮の後継争いの構図に大きな影響を与える可能性があった。金正日の前妻・成蕙琳の息子である金正男と、自分の息子である正哲、正恩兄弟との確執だ。しかし、金正日は、すでに正恩を後継者に決めていた。そのことは後で触れたい。


