北朝鮮の最高指導者・金正恩総書記の母である高容姫。彼女は大阪で生まれ、小学校4年生まで日本で過ごした在日コリアンだった。北朝鮮に「帰国」したあと、持ち前の美貌でトップレディの座を射止め、故金正日総書記との間で2男1女を産み、育てた。

 誰もが知っている人物でありながら、北朝鮮では最も隠された存在でもある。金正恩自身すら、自分の母親について公の場で話したことはないという。

 ここでは、ジャーナリストの五味洋治氏が徹底的に取材を重ねて高容姫の実像に迫った『高容姫 「金正恩の母」になった在日コリアン』から一部を抜粋。知られざる金正日と高容姫の生活とは――。(全5回の2回目/続きを読む

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高容姫が偽造旅券で使っていた顔写真(関係者提供)

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秘密別荘の部屋

 高容姫と金正日の生活は、秘密のベールに包まれている。ただ、その一端を知る人の証言が、韓国のテレビに出たことがある。韓国紙・東亜日報系のケーブルテレビ、チャンネルAが2014年8月にニュースとして放送した。イ・ユジョン(仮名)という女性は、ヒヨン閣とよばれた2人が住んだ秘密別荘で働いていたという。

「金正日とその妻である高容姫の秘密の生活が初めて明かされます。これは、国の最高情報機関である国情院さえ知らなかったものです。彼らの近くにいた人物からの直接の証言です」とアナウンサーはスクープであることを強調した。そしてこの女性の肉声が流れた。

 私には、この証言の真偽を確認する方法はないが、空白期を埋めるものかもしれない。証言に耳を傾けてみよう。

 内容は2人が初めて出会ったころの話なので、1970年代のことだ。イ・ユジョンによれば、2人の関係は秘密にされていた。生活の場である秘密別荘は、平壌のヒョンジェ山に位置し、順安空港からほど近い場所にあった。4つの建物からなっており、金正日のオフィス兼寝室は1号室と呼ばれていた。2号室が客間、3号室は映画館、4号室は護衛や管理スタッフが宿泊するためのものだった。金正日は疑り深い性格で、自分の寝室には警護員を入れなかった。