自分の名前入りの拳銃を持たせる

 寝室に入ることが許されていたのは高容姫だけだった。彼女がいかに金正日の信頼を得ていたかがわかる。イ・ユジョンも容姫について「若いのに、人の心を見抜くカンがあった」と話していた。

 金正日が映画を好んでいたため、3号室でいつも一緒に映画を観ていた。別荘の中には、日本製の家具が置かれていた。大阪生まれの容姫の趣味に合わせるためで、日本から船で運ばれた。タンスの中には下着が入っており、使い捨てていた。寝室の内装も彼女の好みに合わせていた。

 金正日は常に彼女のことを心に留めていた。彼女が所属する万寿台芸術団が海外公演に出発する時と北朝鮮に戻ってくる時には、金正日が自ら空港に行って見送りと出迎えをした。秘密別荘で金正日が椅子に座っていると、容姫はポラロイドカメラで夫の写真を撮った。金正日もそのカメラを使って容姫を撮影した。容姫は花火を見るのが好きだった。夜には、2人のために特別な花火が打ち上げられ、そろって鑑賞した。2人が一緒にいるときは常に手をつないで歩いていた。イ・ユジョンは、そんな仲睦まじい2人の姿をたびたび目撃していた。

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 驚くのは金正日が、彼女に「金正日」という自分の名前を刻んだ拳銃を贈ったことだ。当時、警護員の1人が酒に酔って、金正日に銃を向けたことがあったという。万が一の用心のため妻に護身を頼んでいた。

銃を手にする高容姫(幹部用記録映画「先軍朝鮮の偉大な母」より)

 韓国・チャンネルAは、2015年2月に「実話劇場 その日」という連続ドラマで、容姫を取り上げている。2人の馴れそめから、彼女が乳がんにかかるまでを描いているので、1970年代から1990年代までの再現ドラマである。

 高容姫は北朝鮮では警戒対象である帰国者出身だ。このため金正日は、父・金日成から彼女との同居を反対されるシーンが出てくる。それでも彼女は、健康にいいという「白沸湯」(普通の水を2時間かけて煮沸したもの)をいつも準備して金正日の健康に気を配り、彼の心を掴んだ。

 容姫は自分が産んだ子どもが生き残るためには、金正日の後継者にするしか道はないと考えた。そのため競争心の強い正恩を後継候補に選んだ。

 当時、金正日のお気に入りは、別の妻、成蕙琳から生まれた金正男だったため、正男を追い落とす工作をした。こういった工作には、対日本外交でも手腕を振るった朝鮮労働党の金容淳書記が関与していたと描かれていて興味深い。また彼女の病気の経緯も詳しく出てくるが、のちほど触れることにする。