女装を始めると、塾の生徒たちは…

 中途半端が嫌いなしおりさんは、プライベートの時間に限定することなく、塾講師の仕事にも女装して臨んだ。とはいえ塾生たちからすれば、いきなりの変化である。実際、しおりさんは当時を「塾生は全員辞めると思っていた」と振り返る。

「最初は、塾の子どもたちが心配してたんです。『先生、最近おかしいけど大丈夫かな?』 と親御さんに相談していたみたいで。正直『生徒はみんなやめるだろうな』と思っていたんですが、不思議とひとりも辞めなかったんですよ。

 その後、懇談会で親御さんに会った時に『どうしたんですか?』と聞かれることもなく、みなさん『きれいになりましたね』と言ってくれました。時代が良かったんだろうなと思います。その頃にはマツコ・デラックスさんが出てきたり、ドラァグクイーンがもてはやされたりしていたタイミングで、そういう世界にも明るい光が差していたから」

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女性たちを中心に、周囲の優しさが身に沁みたとしおりさんは話す

 塾生の保護者だけでなく、どこに行っても女性たちは優しかった。名古屋のクラブ「マハラジャ」に遊びに行くと、名古屋のドラァグクイーンともてはやされ、女性限定のお立ち台で踊ることも受け入れてくれた。一部の男性からの言動でイヤな思いをすることもあったからこそ、女性たちの優しさに「すごく助けられた」と語る。周囲からの望外の反応もあり、新しい自分に自信を持ったしおりさんは、離婚後にしばらく閉じていたレストランを再開すると女装姿でキッチンに立つようにもなった。

「私が恥ずかしがっていたら、周りの人はもっと恥ずかしい」

 それにしても、である。65歳まで男として生きてきて、大胆に生き方を変えることに抵抗や恥ずかしさはなかったのだろうか?

「別れた妻や自分の子どもたちの反応はわかりません。離婚してから顔を合わせてないからね。でも私が恥ずかしがっていたら、周りの人はもっと恥ずかしいし、いたたまれないでしょう。夜だけとか、人が見ていない時だけとか中途半端にするなら、女装をしなきゃいい。思い切ってなりきることって実はすごく大事なんです。 そうすることで、周りも納得してくれることがいっぱい出てくるの」