朝9時に出勤して夜中の12時に帰宅…ミシュランシェフ時代の多忙な日々

――すごいですね。ちなみに、シンガポールにはミシュランの星付きレストランがどのくらいあるのでしょうか。

勢太 2016年の時点では、30軒ないぐらいですかね。イタリアンに限定すると、僕のお店が唯一でした。

――ミシュラン一つ星のオーナーシェフとなると、相当多忙な日々だったのでは?

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勢太 朝9時頃に出勤して、家に帰るのは夜中の12時近く。ほとんど寝に帰ってくるだけ、という感じでした。

かおる 勢太は日曜日しか休みがなかったので、一緒に過ごせるのは週に1回だけ。でも、私たち夫婦は共働きだったから、2人で暮らしていたときは特にその生活でも気にならなかったんです。

キャンピングカーの車内でイタリアンを作る勢太さん

「家族3人で一緒にいられる時間が少ない」ミシュラン1つ星レストランを手放して帰国を決めた理由

――レストランの経営は、どんな状況だったのでしょう。

勢太 当時は2店舗目の出店も検討していたので、経営的には順調だったと思います。ただ、こはるが生まれてから「家族3人で一緒にいられる時間が少ないな……」と感じることが増えました。

――こはるちゃんの誕生が、自身の働き方を考えるきっかけになった、と。

勢太 こはるが1歳で保育園に入ったとき、朝8時に預けて夕方6時頃に迎えに行く生活で、一緒にいる時間が本当に短くて。仕事を終えて帰宅してからは、寝顔を眺めるだけという毎日でした。

 そんな中、こはるが日本語よりも英語と中国語を話し始めたことで、彼女の成長の中に、父親としての自分の存在が感じられないような気がして。

 シンガポールは英語と中国語を話す人が多い国で、こはるの保育園にも他に日本人はいなかったから、こはるは日本語にも日本文化にも触れる機会がほとんどなかったんです。

4歳になったこはるちゃん

――こはるちゃんのアイデンティティが揺らいでしまう不安があった?

勢太 そうですね。娘が日本を知らないまま育つとはどういうことなのか――それを真剣に考え始めた時期でもありました。そこからたくさんの葛藤を経て、シンガポールのレストランを手放し、日本に戻る決断をしました。