もし『ごんぎつね』の鍋のシーンを、家が食堂を経営しているとか、喪服を消毒していると読んだのだとしたら、誤読と言えるでしょう。ありえないことではないからです。しかし、母親の死体を煮ているというのは、常識に照らし合わせれば明らかにおかしいとわかるはずで、平気でそう解釈してしまうのは単なる読み間違えではありません。

 こうした子たちに何が欠けているのかといえば、読解力以前の基礎的な能力なのです。登場人物の気持ちを想像する力とか、別の事を結び付けて考える力とか、物語の背景を思い描く力などです。自分の考えを客観視する批判的思考もそうでしょう。それらの力が不足しているから、常識に照らし合わせればとんでもないような発想をしているのに気づかず、手を挙げて平然と答えられてしまう。読解力の有無で済ましてはいけないことだと思うのです」

 校長がそう語る背景にあるのは、近年教育業界を中心に湧き起こっている「読解力の低下」の議論だ。

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写真はイメージ ©years/イメージマート

「読解力低下」をめぐる議論

 PISA(生徒の学習到達度調査)という国際的な学力テストをご存じだろうか。OECD(経済協力開発機構)が調査参加国の15歳の子供に対して行っているものであり、数学的リテラシー、科学的リテラシー、読解力の3つが計られる。

 3年ごとに行われるテストに、日本は第1回の2000年から参加しており、数学的リテラシー、科学的リテラシーが常に上位であるにもかかわらず、読解力は長らく低迷してきた。当初は「PISAショック」とも呼ばれて教育界に大きな衝撃を与え、2018年でも、数学が6位、科学が5位に対して、読解力は15位だ(2021年実施予定だったテストはコロナ禍のため2022年に延期)。

 一般の人たちにこの問題が広まったのは、2018年に国立情報学研究所の新井紀子教授が著した『AIvs. 教科書が読めない子どもたち』がブームを巻き起こした時だろう。新井は調査研究から、小学校のクラスのうち2、3人しか教科書を正確に読むことができていないことを明らかにした。本人たちは読めているつもりでも、実際は理解していないという現象が起きているのだ。

 文部科学省はこうした現状を深刻なものとして受け止め、国語の授業の改革を真剣に検討するようになった。PISAのテストの内容は、論理的な文章の読解、複数の資料の比較・検討、自由記述などが中心となっている。一方、日本の国語はかつてと比べれば減ったとはいえ、文学作品の読解、漢字の暗記、選択式の問題が多い。そのため、文科省は国語の教材を見直し、授業の中でPISAで求められるような実用的な文章を通して論理的な思考力を高めるための教育を取り入れることにした。