香港の空洞化と「北上消費」
それを象徴する風潮が、若者を中心に流行している「北上消費」だ。つまり、香港と境界を接する中国側の深圳などに行き、大いに遊ぶことである。もともと、物価が安い深圳での消費行動は10年ほど前までは中高年のレジャーだったが、現在の特徴は若者層が目立つことにある。
狭い香港は不動産価格が高く、ゆえに物価も高い。いっぽうで深圳は、中国のデフレもあってカラオケなどは香港の半額程度だ。中国全土でもトップレベルの経済水準を誇るキラキラ経済都市なので、グルメやおしゃれのスポットにも事欠かない。最近は香港のテナント料の高さを嫌い、はじめから香港をスルーして中国側の深圳に進出してくる、外資系の名門スイーツ店やアパレルブランドも増えている。
香港からはバスや電車に乗って1時間弱で深圳に入境できる。東京でいえば、千葉や鎌倉あたりに物価が半分で都内よりも巨大ビルが多く建っている別の大都市が存在するようなものだ。しかも、深圳なら治安や衛生面の問題も基本的にほぼ心配ない。近年の深圳は広東語が通じにくいが、いまや香港人の多くは一応は普通話を話せるので言葉の問題もない。
香港人が地元の飲食店を利用しなくなったことで、最近は老舗のレストランや食堂が倒産ラッシュで香港の空洞化も進む。2019年の香港デモの時代は、若者たちがデモに好意的な店舗を「黄店」(黄色はデモ派のシンボルカラー)と呼んで地元消費を促していたが、現在はそんな動きも消え、コロナ禍とのダブルパンチもあって地場の飲食店は経営危機である。
なお、現在盛んに深圳で北上消費をおこなっている若者層は、5年前に中国の影響力排除を訴えてデモに共感していた人たちとかなり重複する。そもそも当時、デモに関心がない若者は少数派だったからだ。だが、熱心な活動家ではない普通の人たちは、この5年で政治運動から北上消費に興味関心が移っているのである。
香港人を含めた華人の世界は、権力者も統治イデオロギーも永続性がなく、数十年単位で社会が一変する(現在の北京の習近平体制も、どうせそう長くは続くまい)。そんな中華圏の世界においては、言動の首尾一貫性を保つよりも変化に柔軟に対処できる人、つまり最後まで生き残れる人こそが、「賢い人」だったりするのだ。

