1月10日、私は台湾の「第三極」民衆党の総統候補だった柯文哲の選対本部を訪れていた。若者や子育て世代からの人気が高い柯文哲らしく、選対本部の壁には支持者がマジックペンで書いた応援メッセージや、子どもが描いた絵がびっしりと貼られていた。中華圏の学生運動の現場や、若者の支持者が多い候補者の拠点ではよく見られる光景だった。
それらを順番に眺めていた私は、ある張り紙の前で足を止めた。台湾と同じ繁体字が使われているものの、明らかに國語(中華民国の標準中国語)ではない言葉──。つまり、口語体の広東語で書かれていたのだ。しかも、かつて2019年の香港反体制デモの現場でしばしば見かけたような、粗口(チョウハウ:卑語)だらけの荒々しい殴り書きである。
「オレは香港人だ! オレは柯文哲を支持する! 民進党は香港人をダシにして、前回の総統選前には香港人の流血を意地汚く利用して票を得た! 選挙後は香港人(亡命者)を台湾に来させないのだ!」
大部分の日本人にはピンとこない意見だろう。どうやら往年の香港デモの参加者(もしくはシンパ)のなかには、なぜか民進党の頼清徳の対立候補である柯文哲を応援している人がいるのだ。台湾にいる30~40代の複数の香港人の友人にこの画像を送ってみたところ、「彼の気持ちもわかる」という返事ばかりがかえってきた。
香港最後の「自由な」区議選で圧勝
「今回の台湾の選挙では、個人的には頼清徳を応援する気持ちでしたが、台湾にいる香港人の間からそういう意見が出るのは理解はしますね。かつて政治に関わっていた者として、僕はこちらでも香港人の相談に乗ることがある。投資の困難さを訴える人も、生活上の困難を訴える若者も多いですよ。台湾に『裏切られた』と感じた人が(腹いせ気味に)柯文哲を支持しているのではないでしょうか」
台北市内でそう話すのは、現在31歳の元香港区議である李文浩(Lee Man-ho)だ。彼はかつて、まだ自由だった時期の香港で本土派(中国を拒否して香港人意識を強調する立場)の地域政治団体「長沙湾社区発展力量」を組織。香港デモ中の2019年11月におこなわれた区議選で、深水埗区議会の長沙湾エリアにおいて当選した。当時は20代後半の若い区議だった。
もはや多くの日本人は覚えていないはずだが、この2019年香港区議選では、広い意味で「民主派」とされる候補が議席の85%を獲得して圧勝し、その結果は日本でも大きく報じられた。今から振り返れば、大きな妨害がない形で香港の民意が示された最後の選挙だった。