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蔡英文、香港デモを追い風にする

 当時の蔡英文陣営はこの流れに最大限に乗る。選挙集会の映像では香港デモの様子が流され、台湾の民主主義が強調された。デモを支持する香港人もこれに共鳴し、新型コロナの流行寸前である2020年1月の投票前には、旗やプラカードを持った多くの香港人が台湾で開かれる蔡英文の応援集会にやってきた。香港デモの最後の輝きは、実は台北で見られたともいえた。

 結果、同年6月に香港で国安法が施行されると、「民主主義国家」の台湾を慕って多くの香港人が逃げ込んだ。台湾は香港との時差がないので(政治的に帰れる立場の人は)香港の仕事や親戚関係を維持できるというメリットがある。

 また、書き言葉が同一であることと物価が安いことで、経済力がなく英語圏に行くにはハードルが高い若者も、留学などの形で台湾を選びがちだった。1997年の香港返還後に生まれた世代の場合、英語圏への移民が容易なBNO(英国海外市民)のパスポートを通常は持っていない。このことも移住先に台湾が選ばれやすい理由だった。各種の統計では、香港デモ後に数万人単位の香港人が台湾に生活拠点を移したとみられている。

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2019年10月1日(中国の建国記念日)に香港のネイザンロードで見つけた、デモ隊による落書き。北京への嫌がらせのつもりなのか、中国国民党の青天白日マークが描かれている ©安田峰俊

 ……ただし問題は、コロナ禍と国安法でデモが消し飛んで世界のメディアが注目しなくなり、台湾でも香港問題に対する当事者感が薄れてから起きた事態だった。

 結果を先に書けば、選挙に勝ってからの民進党政権は、かつて香港デモ中に匂わせたような香港人亡命者の受け入れに消極的になり、彼らの台湾定住のハードルも下げなかったのである。

最低賃金で労働する香港人

「アルバイト先は、台湾では最低賃金レベルの職場であるコンビニです。時給は183台湾元(約860円)。留学生だと、週20時間しか働けず経済的に非常に厳しい。同じような香港人の学生3人と同じ部屋に住んでいて、家賃は1人あたり9000台湾元(約4万2000円)です。来る前は、台湾に来れば5年で帰化できると聞いたのに、実際は反故にされた。八方塞がりですよ」

 2年前から台北市内の大学に留学中の香港人男性・エイドリアン(32)はそう嘆く。彼は香港デモ当時、維園(ヴィクトリアパーク)などで開かれる合法的な集会やデモには参加したが、勇武派と呼ばれる暴力行為をおこなう部隊には加わらない穏健派(和理非)だった。ただ、それでも国安法後の香港の政治環境にリスクを覚え、台湾に渡った。

「台湾に来ている時点で、みんな中国共産党は嫌いなはずなんです。なのに、なんで台湾当局はわかってくれないのか」

去年の6月に台北で開かれた広東語のトークショーのチラシ。台北市内の香港人が多く集まる店で発見。移住者が多いことで、こうした催しもおこなわれている ©安田峰俊

 エイドリアンは言う。いっぽう、元香港区議の李文浩もこう続ける。