海外バンドへのオマージュをふんだんにちりばめたポップなメロディと、独特なストーリー性のある歌詞を武器に1990年にメジャーデビューしたロックバンド「すかんち」。そのフロントマンとして、また現在はソロ活動も充実させているのがROLLYさん(61)だ。

 地元でも有名な名家で、幼くして亡くなった長男の後にようやく生まれた「待望の跡取り息子」だったROLLYさんだが、幼少期にメイクや女装に目覚め、それが家族に発覚。ROLLYさんの行動に、両親は「お前は変態やッ!」と激怒した。いったいなぜ彼はメイク・女装に目覚めたのか。現在まで連なるROLLYらしさのルーツを聞いた。(全4回の1回目/続きを読む)

幼少時に「女装」に目覚め、家族から変態呼ばわりされて育ったというROLLYさん ©文藝春秋/橋本篤

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――ROLLYさんは子どもの頃、どのような家庭環境だったのでしょうか。

ROLLYさん(以下、ROLLY) 実家が電器店で、住み込みの女性店員さんもいるくらいの規模でした。実はシンガーソングライターの槇原敬之は僕のいとこなんですけど、彼の父親も勤めていました。店員さんたちに、とにかく可愛がってもらった記憶があります。

 もっと古い記憶をさかのぼると……これはいつも周りから「そんなの覚えてるわけないやろ」と言われるんですが(笑)、覚えている最も古い記憶は1歳のときなんです。

 夜になると、家の外から『ねんねんころりよ』を歌う声が聴こえてきて、その曲が流れると母親が毎日、お経を読み始める。実は僕は「一雄」という名前ながら次男で、姉が2人と、あとは8歳上の兄がいました。ただ、兄は自分が生まれる前に亡くなっているんです。

――交通事故に遭われて、亡くなったそうですね。

ROLLY 長男が4歳の時に、トラックがバンバン通っている道路を渡っていたら、横からダンプカーにはねられて、即死だったと聞いています。息子を亡くした悲しみをいやすために、母は毎晩お経を読んでいたんですね。

 僕は生まれたばかりの頃から、このお経とどこからともなく聞こえてくる寂しくて不気味な響きもする子守唄に毎日ふれながら育ったわけで「この世はなんて寂しくてつらい。とんでもないところへ来てしまった」と赤ん坊ながらに思っていました。

母は、ROLLYさんが生まれる前に亡くなった長兄のために毎晩お経を読んでいた ©文藝春秋/橋本篤

――すでに記憶の始まりが、音楽の思い出なのがROLLYさんらしいです。

ROLLY もう少し大きくなって、テレビから流れてきた梓みちよさんの『こんにちは赤ちゃん』という曲に、なんだか心が救われた気持ちになったこともよく覚えています。その時に「音楽という物は、人間の心理を操る魔力がある」と思いましたね。