『携帯遺産』(鈴木結生 著)朝日新聞出版

 適宜すぱすぱと捨てられる人と、なんでもかんでも溜めこんでしまう人。現代においてどちらのほうが生きづらいかと問われれば、そりゃまあ後者なのは間違いない。けれど、どちらの人生が良いかと問われると――また話は変わってくる。すくなくとも、後者がたくさんの荷物を抱えながら奮闘する姿は、書物を「読む」という営みの途方もない豊かさにとてもよく似ている。

 本作の主人公・舟暮按(ふねくらあん)は、〈空想好きが高じて読書好きとなり、読書好きが祟って気付けば作家ということになっていた〉ような女性だ。膨大な資料と綿密な文献調査に裏打ちされた彼女のユニークな英国風ファンタジー小説には多くのファンがつき、10年来の盟友たる編集者も惚れこんでいる。ある日、その編集者から自伝を書かないかと依頼される。〈これまで何をどう読んで、書いてきたか、自分自身で明かす〉。按はその難題に挑む過程で、自分が目を逸らし続けてきたものと向き合わざるをえなくなるのだ。

 21世紀生まれ初の芥川賞受賞者となった俊英・鈴木結生。デビュー作「人にはどれほどの本がいるか」ではトルストイを、芥川賞受賞作「ゲーテはすべてを言った」ではゲーテをモチーフとしたのに続き、今作の核となっているのは19世紀英国を代表する作家・ディケンズだ。前作以上に衒学的で夥しい量の文学的知識が埋め込まれたページに尻込みしてしまう読者もいるかもしれない(私がそうだった)。でも大丈夫。そこは作中で言及される「こんまり主義者(コンマリスト)」よろしく、現状で心がときめかないワードはとりあえずスルーして読み進めても、いちばん大事な答えには辿りつけるから安心してほしい。

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 重要なのは、按自身がモノも言葉も次から次へと溜めこんでしまう生粋の蒐集家だということ。そして、記憶が記憶を呼び、言葉が言葉を招き入れて思索がどこまでも分かちがたく広がっていくように、彼女の生きている時間が形成されてきたということだ。

 按は震災で行方知れずになった父の記憶に固執しており、誠実であろうと努めるあまり「全部」を1冊に収めようとする。もちろんそんなことは不可能だ。むしろ「書く」ということは「捨てる」という行為の連続であり、按は孤独のなかで何度も挫折を味わう。だが、けっきょくは〈小説にしかない奇跡〉が彼女の手許を照らす。ヒントは「他者」だ。「書く」の向こうには「読む」があり、そこには言葉を分けあって広がっていく他者の存在がある。

 実際に本を開いたら、作中に何度も登場する「loue」という言葉を丁寧に追ってみてほしい。どこかそわそわするもの、とても大切なもの、あたたかくていとおしいもの――見慣れないスペルの謎は終盤で明かされるが、それ以前に読者にはちゃんと伝わるはずだ。これは徹頭徹尾、人生を愛するための小説なのだと。

すずきゆうい/2001年福岡県生まれ。24年「人にはどれほどの本がいるか」で林芙美子文学賞佳作を受賞。25年「ゲーテはすべてを言った」で芥川賞を受賞。
 

くらもとさおり/1979年生まれ。書評家、ライター。共著に『世界の8大文学賞』。週刊新潮で「ベストセラー街道をゆく!」を連載中。