父親に唯一啖呵を切ってくれた義母

 たえと妹は、児童相談所を経て、別々の自立援助ホームへ移された。

 結果として、これがたえの人生を変えることとなった。

 ホームにいた先輩の友人として出会ったのが、8歳上の男性だった。交流を重ねる中で互いに好意を抱き、交際することになった。わずか数日で同棲を始めた。

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©文藝春秋

 それは決して甘い理由によるものではなかった。

「父親が逮捕されなかったせいで、ストーカー行為が始まったんです。私は警察の事情聴取でも、私と妹の居場所は父親に教えないでほしいという答申書を出しています。でも児相の担当者が言ってしまったらしく、父親が車中泊しながらホームの前で見張っているので、ホームに帰れなくなってしまったんです」

 しばらくするとその家も突き止められ、彼の母親の家へ移った。たえは、彼とその母親にすべての事実を打ち明けた。その居場所も、父親に特定される日が来た。

「たえを返せ」と乗り込んできた父親を、彼の母親は人目のある駅前の喫茶店へ連れていった。その様子を見ていた人によると、彼の母親は毅然とした態度で言い切ったという。

「たえはもう、うちの娘なんだ。あんたなんかに渡さないよ!」

 たえが声を詰まらせながら回想する。

「父親に対して唯一啖呵を切ってくれた人です。その後結婚して、義母になりましたが、すごくかっこいいお母さんで。義母に何かあれば私が面倒を見ると誓い、亡くなる前の3年ほど介護させてもらいましたが、近所で実の親子だと勘違いされるくらい仲が良かったです」

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 夫も今日に至るまで、たえの良き理解者として常に寄り添ってきた。

「主人と義母に出会っていなかったら、私も弟と同じように耐えきれずに死んでいたはずです。弟には助けてくれる人がいなかった。ここが弟と私の運命の分かれ道でした」

 和寛は児童自立支援施設を出ると、自立し、働き始めた。

 18歳の頃には、たえの家庭へ彼女を連れてやってきて、数日滞在したことがある。たえは和寛の様子を見ていて、違和感を覚えた。

和寛さんとたえさん

「彼女から弟の腕を触るなどのボディタッチがあっても、弟はまったく反応しない。気持ちは大事に思っていたかもしれないけど、体関係になると遠慮するところがあるような印象でした。よく言えばシャイなんですが、裏には父親から性虐待を受けた影響があるかなと感じました」

 和寛は子どもの頃のまま、感情を、特に苦しさを表に出さなかった。

 25歳で結婚し子どもが生まれたが、その時期にも笑顔はなく、たえの目には幸せなようには見えなかった。

本記事の全文、および秋山千佳氏の連載「ルポ男児の性被害」は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています。

沈黙を破る 「男子の性被害」の告発者たち

秋山 千佳

文藝春秋

2025年7月11日 発売

■連載 秋山千佳「ルポ男児の性被害」
第1回・前編 「成長はどうなっているかな」小学校担任教師による継続的わいせつ行為《被害男性が実名告発》
第1回・後編 《わいせつ被害者が実名・顔出し告発》小学校教師は否認も、クラスメートが重要証言「明らかな嘘です」
第2回・前編 中学担任教師からの性暴力 被害者実名・顔出し告発《職員室で涙の訴えも全員無視》
第2回・後編 《実名告発第2弾》中学担任教師から性暴力、34年後の勝訴とその後「ジャニー氏報道に自分を重ねる」
第3回・前編 《実名告発》ジャニー喜多川氏から受けた継続的な性暴力「同世代のJr.は“通過儀礼”と…」
第3回・後編 《抑うつ、性依存、自殺願望も》ジャニー喜多川氏による性暴力 トラウマの現実を元Jr.が実名告発
第4回・前編 「なぜ今さら言い出すのか」性被害を訴えた元ジャニーズJr.二本樹顕理さん 誹謗中傷に答える
第4回・後編 「ジャニーさんが合鍵を?」元Jr.二本樹顕理さんを襲った卑劣な“フェイクニュース”
第5回・前編 「性暴力がなければ障害者にならなかった」41歳男性が告発 小学3年の夏休みに近所の公衆トイレで…
第5回・後編 《母は髪がどんどん抜け、妹からは「キモい」と…》性被害後の家族の“拒否反応”の真実 41歳男性が告白
第6回・前編 目の前で弟に性虐待を行う父親 「ほら見ろよ」横で母親は笑っていた《姉が覚悟の実名告発》
第6回・後編 「絶対に外で言うなよ」父親の日常的暴力と性虐待の末に29歳で弟は自殺した《姉が実名告発》
第7回・前編 NHK朝ドラ主演女優・藤田三保子氏が“性虐待の元凶”を実名告発「よく死ななかったと思うほどの地獄」
第7回・後編 「昔、兄にいたずらされたことが」塚原たえさんの叔母、藤田三保子氏が“虐待の連鎖”を実名告発
第8回・前編「《異例の逆転勝訴》性被害から20年、クラスメートの新証言がわいせつ男性教諭の数々の“嘘”を暴いた」
第8回・後編「《賠償金約4000万円》法廷でも被害者の人格を攻撃 わいせつ男性教諭に画期的判決が下った“3つの理由”」

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