携帯を耳にエレベーターで屋上に向かいながら、家裁の担当窓口に回された私はまた頭から同じ説明を始める。
虚しかった。どんなに理不尽を訴えたところで、私は結局一から申し立てを求められるだろう。もう一度、いまさらながら離婚前の苗字に戻さなければと公人たちが納得せざるを得ない陳情書を書き上げ、証拠の書類をかき集めて添付して、2ヶ月の審議をただ待つしかないんだろう。
今日から法律が変わったのだから。
やっぱり法律に認められた結婚がしたい
目黒区役所の屋上は昔のデパートの屋上みたいだった。植え込みが施され、児童公園のような遊具が何個か置かれている。曇り空の下にはただただ住宅が広がり、すばらしい眺望と言えるほどでもない。私は人のいない子供用の真っ赤な滑り台に腰掛け、電話口の家裁の人の言うことを聞いている。
ふりだしにもどった。
もういっそ、彼氏の苗字に変えてしまうのがこの際一番手っ取り早いのだった。
そうすればややこしい家裁なんかに頼ることなく今の苗字から脱け出せる。
どうせこの後あらゆる名義変更が控えているんだから、それが前の前の夫の苗字でも、新しい夫の苗字でも同じ手間ではないか。
事実婚は結局のところ自分たち以外の認識を動かすことは難しくて、例えば一刻を争うときに事実婚なんですという事情をどれほどの人が汲んでくれるのか、わからない怖さがある。
やっぱり法律に認められた結婚がしたい。
また名義変えをしなくてもいいように末長く仲良くいればいいし、懸念していた相手一家へのへりくだり案件については、今の相手との間柄からして、その心配は今度こそないんじゃないかと思われる。
それにきっと、彼の両親も喜ぶだろう。
私はどの結婚の時も、毎回義理の両親のことが好きだったし、気に入られたかった。
法律のもとで結婚して、3度目の正直で新しい夫の苗字になることが、一番安泰で平穏。そう思われた。
滑り台の上で彼氏に電話をかけた。仕事中に私用電話で申し訳ないと思ったが、そうでもしないといられなかった。今日から変わった法律を前に躓いた私を精一杯慰めてくれるつもりっぽかった彼氏に私は次第に怒りをぶつけ出した。