――恐怖症店の店主は黒いスカートを穿き、顔を黒いベールで覆っている女性。時間を超えて生きるこの不思議な店主のキャラクターは、どのように生まれたのでしょう。
何らかの恐怖を表象してはいるけど、多くの読者である日本人にとってはあまり怖いとは感じられない、そういうキャラクター造形にしています。たとえば黒いベールは海外のホラーでおなじみですが、日本人にはあまり怖くないですよね。むしろコスプレ衣装のような感じがあって。「硝子細工のような目」というのもそうですね。ホラーっぽいけど、そこまで生々しい恐怖を感じさせない。編集さんが「(『銀河鉄道999』の)メーテルみたいな存在ですね」という感想をくださって、なるほどそういう受け止め方もあるかと思いました(笑)。
恐怖は喜怒哀楽などとは一線を画した感情
――路上で商売をしていた店主に声をかけたのは、プールの授業を休みたいと願う少女。彼女のために店主は「巨大水槽恐怖症」を与え、対価として感情の一部を受け取ります。恐怖の対価が感情である、という着眼点も面白いですね。
これは『恐怖心展』のコンセプトにも関わる私の仮説なんですが、恐怖は喜怒哀楽などとは一線を画した感情だと思うんです。だから笑いながら泣くことはできても、怖がりながら笑うことはできない。『恐怖心展』のスタッフコメントでも『お前の死因にとびきりの恐怖を』という小説の一節を引用して、「恐らく人間は、何かの片手間に怖がる、ということはできません」と書きましたが、他の感情と共存できないほど強い感情が恐怖なんです。それと交換するなら喜怒哀楽などの感情になるというのは、割と自然に出てきたアイデアでした。あとは恒川光太郎さんや中村文則さんの影響もありますね。
――恒川光太郎さんには妖怪が集うマーケットを描いた「夜市」という作品があります。
まさに「夜市」もそうですし、少女が命じられるままに色んな時代で暗殺をくり返す「死神と旅する少女」という短編にも影響を受けています。中村文則さんだと『惑いの森』というショートショート集にある「雨」というあらゆる不要品を回収してくれる業者の話。次々に要らないものを回収してもらった主人公が、最終的には他人の要らないものと自分の不要品を交換するという展開になるんですが、短い中にも中村さんの魅力が詰まっていて、すごく好きな作品です。

