インドのムンバイで同じ病院に勤める3人の女性。看護師のプラバはドイツ在住の夫と何年も連絡が取れずにいる。後輩看護師のアヌはヒンドゥー教徒だが、親に内緒でイスラム教徒の恋人と交際中。病院の食堂で働くパルヴァティは、夫亡き後1人で暮らしていた家を、街の再開発のため追い出されようとしていた。インド出身のパヤル・カパーリヤー監督の初長編劇映画で昨年のカンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した『私たちが光と想うすべて』は、都会で働く世代の異なる女性たちが直面する様々な現実を描く。熱気と喧騒に満ちた都市のイメージが強いムンバイだが、映されるのはしっとりと雨に濡れた道やネオンが静かに輝く夜の街。薄暗い部屋に差し込む一筋の光の美しさにもハッとさせられる。
「今回どうしても映したかったのが季節の変化でした。季節が変わり街の雰囲気や人の心の感じ方も変わっていく。その微妙な移り変わりを映すためモンスーンの時期(雨季)を選びました。ムンバイはほぼ季節が変わらず年中太陽が照りつける地域ですが、モンスーンの間だけは日の光が少なくなり日中に部屋の中にいても薄暗いまま。街全体がなんとなく暗いムードに沈み、人の肌にじっとりと汗が滲むこの時期に、人々がどんな気持ちで日々を過ごしているかを記録したかったんです」
仕事場での苦労や、社会の中で直面する様々な抑圧など、現代社会を生きる女性たちの描写はとてもリアルだ。
「病院に何度も通ってはそこで働く人たちに話を聞き、また看護師を目指して上京してきた方々にも取材をしました。彼女たちの話があまりに面白くて、そのままセリフの中に取り入れたこともあります。実際に病院で働く人たちに役を演じてもらおうと考えたこともあったくらい、リサーチの過程で出会った人々の存在は大きなものでした」
リアリティ溢れる描写の中で、ドラマチックな物語展開に感情が揺さぶられる。プラバは音信不通の夫と気の優しい同僚医師との間で揺れ動き、アヌと恋人は家族からは許されぬ恋に苦悩する。カパーリヤー監督は「典型的なメロドラマですよね」と笑いながらもこう言い添えた。
「でもインド社会には、こうしたメロドラマ的な状況が今も多くあるんです」
劇中には、実際のムンバイの風景やそこで暮らす人々を映した映像が挿入される。前作『何も知らない夜』は、フィクション的な要素が入り混じるドキュメンタリー映画だ。
「実際のものが入り込むほど、そこに映る現実の真実味がより増していくように思います。フィクションとドキュメンタリーを混ぜ合わせることで、映画はさらに大きな力が得られるのではないでしょうか」
劇中で印象的なのは、ドイツにいる夫からプラバの家に突然届く真っ赤な炊飯器の姿。炊飯器が重要な役割を果たす映画といえば、クレール・ドゥニ監督の『35杯のラムショット』が思い浮かぶ。
「もちろんよく覚えています。ドゥニ監督が小津監督の『晩春』をオマージュした映画ですよね。他にも、蔡明亮を始めアジアの映画にはよく炊飯器が出てくるように思います。ただ私が今回考えていたのは、こうした台所用品が象徴するものとは何か、ということでした。台所用品を宣伝するCMではしばしば、女性は外に出て働くより家で夫や子供の面倒を見るほうがいいのだ、というメッセージが発せられます。そうした“理想の家族生活”を表す道具として、映像の中の炊飯器は、セクシーといえるくらい強い照明を当てられ美しく描かれてきた。まさに家父長制社会と消費主義社会の象徴なんです」
繊細な光のもとで紡がれる女性たちの物語のなかで、炊飯器がどう映され扱われるのかにも、ぜひ注目してほしい。
Payal Kapadia/1986年、ムンバイ生まれ。初長編ドキュメンタリー『何も知らない夜』(2021年)が、23年、山形国際ドキュメンタリー映画祭で大賞を受賞。初の長編劇映画となる『私たちが光と想うすべて』はカンヌ国際映画祭でグランプリを受賞し、世界各国で大きな評価を受けた。
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映画『私たちが光と想うすべて』
7/25(金)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国公開
https://watahika.com/




