1938年、ファシズム政権がユダヤ人排斥を進め、軍靴の音が迫るイタリア・トリノ。ジーニア(イーレ・ヴィアネッロ)は、洋裁店でお針子として働く16歳。真面目で器用な彼女は、次第に重要な仕事を任されるようになる。そんなとき、美貌と屈託のなさで男性を魅了する女性、アメーリア(ディーヴァ・カッセル)と出会う。画家のモデルとして自立し、自信に満ちた彼女に、ジーニアは憧れ、惹かれ、やがて芸術家の世界へと誘われていく。
ラウラ・ルケッティ監督の映画『美しい夏』。原作は、チェーザレ・パヴェーゼが1940年に書き、イタリア文学界の最高峰、ストレーガ賞を受賞した同名小説だ。「好きな作品でしたが映画化は難しいと思っていた」という。
「思春期の女性が、自分の変化や欲望に戸惑いつつ、誰かに愛されたい、誰かを愛したいと願い、人生を模索していく。パヴェーゼは、この時代を超えて普遍的な思春期の女性の内面の機微を的確に捉えていた。男性作家が描いたものに、私も向き合わないといけないと思いました」
ジーニアの感情の動きと、繊細な情景描写は原作のままに、物語の「筋」をつけた。たとえば、恋に恋するジーニアが、いざ一歩踏み出したときに感じる“戸惑い”だ。
「アメーリアに紹介された画家グィードと、ジーニアは結ばれる。これまでの映画では、女性の初体験は甘美で素敵な体験だと、男性目線で描かれることが多かった。けれど女性から見れば、そんなことはない。痛みや恐怖、自分の変化に戸惑うこともあるはず。私の実体験も込めて描きました」
グィードとの逢瀬を重ねながらも、ジーニアの気は晴れない。憧れていた誰かに愛される世界。手に入ったはずなのに……。アメーリアはこんな言葉を投げかける。
――軽薄な男たちといるよりも、女同士の方がいいわよ。
「アメーリアは、一見明るく強くグラマラスで、自由に生きているようで、内にメランコリーを湛える女性です。それは語らずとも、剥げかけたマニキュア、壊れた服のジッパー、そんな細かな描写から感じ取ってもらえたら」
配給 ミモザフィルムズ
作中には、「ムッソリーニの演説にいらつき窓を閉めるなど、彼女の政治的態度と時代状況をさりげなく描きました」。しかし、原作にそうした描写はほとんどない。なぜか。娘の一言が答えになった。
「脚本を書いたのはコロナ禍のときでした。ここローマでも外出禁止令が出され、理由なく外出すると警察に捕まることも。娘がふと言ったんです。『でも、私の同級生は、バルコニーを乗り越えて、好きな子に会いに行くよ』と。そう、コロナ禍だろうが、戦争中だろうが、恋しか考えられない季節がある。パヴェーゼはそれをわかっていた。時代は外側に置いて、彼女の思春期を描いたと思うんです」
「初めて恋をした、あの美しい季節を思い出してくれたら嬉しい」。監督の微笑みが眩しかった。
LAURA LUCHETTI/1969年、イタリア・ローマ生まれ。97年、短編映画『In Great Shape(英題)』で初監督。『Hayfever(英題)』(2010)で長編デビュー。短編アニメ『レアの大好きなこと』(16)が数々の国際映画祭で選出されるなど注目を集める。監督作品に、アニメ『Sugarlove(原題)』、映画『Twin Flower(英題)』(18)、TVシリーズ『Nudes(原題)』(21)、Netflix『山猫』(25)などがある。




