平野啓一郎さんの小説『ある男』を原作とした新作ミュージカルがまもなく上演される。主人公の弁護士・城戸(きど)を演じるのは浦井健治、その城戸が追う身元不明の男X役は小池徹平。あかの他人になりすましたまま死んだ1人の男をめぐるミステリアスな物語だ。鹿賀丈史さんは、本作に“ある重要な役”で出演する。

 主演2人を始めキャストの大多数が40歳前後という中、鹿賀さんは74歳。公式サイトにも「相変わらず一番年上の役でございます(笑)」とコメントを寄せているが――。

「だからといって、お互いに遠慮はないですよ。どんなに年が離れていても同じ舞台に立つ者として僕らは対等です。年を取ったからといって芝居が上手くなるわけではないし、若い人の方が面白いことだってたくさんある。ああコメントはしましたが、あまり意識はしていません(笑)。もちろん共演者同士の“化学反応”は芝居の醍醐味で、それはいつだって楽しみですけどね」

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鹿賀丈史さん

 そんな鹿賀さんが担う“重要な役”とは。1人は、戸籍ブローカーの小見浦(おみうら)憲男。もう1人は、Xの過去を知るボクシングジムの会長・小菅。そう、今回、鹿賀さんは一人二役という難題に挑むのである。

「全くの別人を1回の舞台で演じるのは初めてです。この歳でこんな課題をいただけることを光栄に思いますね」

 鹿賀さんといえば、かつて『ジキル&ハイド』で1人の人物の二面性を見事に演じ分け、『レ・ミゼラブル』では主役のジャン・バルジャンと敵役ジャベールを公演日ごとに交互に演じるなど、並外れた演技力で観客を魅了してきた日本ミュージカル界のレジェンド。それだけに、このキャスティングには期待しかない。

 先に登場するのは、小見浦だ。Xに他人の戸籍を斡旋したのは小見浦ではないかと疑った城戸が、刑務所で服役中の彼のもとを訪ねる。

「小見浦は非常に面白い人物です。その特徴は“虚実の癒着”。何が本当で何が嘘なのか、聞いている方も、話している本人もわからない。その一方で、人を見る目があるというか、相対した人間の本質を見抜くようなことも言う。今回はミュージカルですから、そんな掴みどころのない彼の人間性を音楽にのせて表現することで、根底にある怖さと、その上にある喜劇性も出したいと思っています」

 次に小菅会長。打って変わって素朴で誠実な人物だ。物語の終盤になって、城戸はやっと彼のところに辿り着く。

「小菅は言ってみれば“一途な男”。でも、その一途さとXを親身に思う気持ちが、結果的に若いXを追い詰めることになってしまう。彼もまた、小見浦とは違った意味での罪を背負っているわけです」

ミュージカル『ある男』
原作:平野啓一郎 音楽:ジェイソン・ハウランド
脚本・演出:瀬戸山美咲 歌詞:高橋知伽江

 どちらもXの人生に大きな影響を及ぼし、またその存在のコントラストで、城戸の、そして観客の心をも揺さぶるキーパーソン。演じ分けるにあたって、鹿賀さんが考えている演技プランはこうだ。

「今のところ外見はそれほど変えずにいこうと思っています。衣装は変えるにしても、メイクや髪型はできる限り、素の僕のままで。そのほうが舞台ならではの見せ方ができるだろうし、年齢を重ねてきた人間の愚かさやおかしみがより伝わると思うので」

 新作だけあって何度も行われたという台本の改稿。「簡単ではなかっただろうけど、そのたびに深みが増している」と語る鹿賀さん。「本番よりも稽古が好き」と言いながらも、「絶対に面白い舞台になりますよ」と意欲的に微笑んだ。

かがたけし/1950年生まれ、石川県出身。73年、劇団四季『イエス・キリスト=スーパースター』で主演デビュー。退団後は映画やドラマにも多数出演。87年よりミュージカル『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャン/ジャベール役を14年間務める。菊田一夫演劇賞(特別賞・演劇大賞)など受賞多数。また主演映画『生きがい IKIGAI』が現在公開中。

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ミュージカル『ある男』
原作:平野啓一郎 音楽:ジェイソン・ハウランド
脚本・演出:瀬戸山美咲 歌詞:高橋知伽江
8月4日(月)~17日(日)東京建物 Brillia HALL(豊島区立芸術文化劇場)にて
※広島、愛知、福岡、大阪公演あり。
https://horipro-stage.jp/stage/aman2025/

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