〈あらすじ〉

 1970年のブラジル。元国会議員で土木技術者のルーベンス・パイヴァ(セルトン・メロ)と妻のエウニセ(フェルナンダ・トーレス)は、5人の子どもたちとともに海にほど近いリオデジャネイロの家で幸せに暮らしていた。

 そんなある日、見知らぬ男たちが家に現れ、事情も言わずにルーベンスを連れ去ってしまう。やがてエウニセと娘の1人も軍に連行され、厳しい尋問を受けることに。愛する夫の行方も、なぜ逮捕されたのかもわからず、答えのおぼつかないエウニセは12日間勾留される。さらに解放後も家族に監視がつき、相変わらず夫は戻ってこない。次第に使えるお金も底をつく。やがて夫の仲間がもたらした情報によって、エウニセは、リオデジャネイロの家を手放し、サンパウロに引っ越す決心をする――。

〈見どころ〉

 原作者マルセロ・ルーベンス・パイヴァとサレス監督は幼馴染み。パイヴァ家とも交流があったとか。その縁で始まったという本作。当時のブラジルの街の様子や空気感をも忠実に再現している。

軍事政権下のブラジルで夫を奪われた妻と家族の物語

1971年に軍に連行され消息不明となった元国会議員のルーベンス・パイヴァ。残された妻エウニセと家族のエピソードを、長男マルセロの回想録を元に映画化。第97回アカデミー賞国際長編映画賞受賞作。

©2024 VideoFilmes/RT Features/Globoplay/Conspiração/MACT Productions/ARTE France Cinéma 配給:クロックワークス
  • 芝山幹郎(翻訳家)

    ★★★★☆話のうわべだけを追うと気が滅入りそうになるが、時代背景の再現が丁寧だ。フェルナンダ・トーレスの演技も一本調子に走らず、観客の感情に負荷をかけすぎてこないため、映画が安定感を失わない。叫ばず、ひきつらず、遠くを見る視力が一貫して保持されている。軍政に対する批判も説得力がある。

  • 斎藤綾子(作家)

    ★★★★☆娘が撮影する8ミリビデオの画像と、事件当時の暗い光景、夫の死を明らかにする後々クリアな映像と、繊細に時の経過を画質で語っているように思う。夫を連れ去られた妻エウニセの、全てを明らかにしようとする気丈さには怒り以上に深い愛を感じ、実際の家族写真で微笑む夫の姿が全てを語る。

  • 森直人(映画評論家)

    ★★★★☆圧政の現代史を描きつつ直截的な暴力描写をあえて回避。ひとつの家族の物語として癒えない傷の行方をじっくり見つめる構成。時間経過の長さが静かなる力を生む。ゴダールの映画『中国女』のピンナップやカエターノ・ヴェローゾのレコード『イン・ロンドン』など象徴的な小物使いも印象的。

  • 洞口依子(女優)

    ★★★★☆作中の音楽に注目。物語を補完するだけでなく、記憶、感情、歴史的文脈を呼び起こし、抵抗と表現のツールとしての音楽の重要性を示す。歌によって、その時代に沈黙されてきたものに声を与えることを思い出させる。芸術が過去の困難な時代に逆らうことができたように。主演女優の控え目な演技も出色。

  • 今月のゲスト
    マライ・メントライン(著述家)

    ★★★☆☆ある男が軍事政権に拉致され、失踪する。その家族が味わう終わらぬ恐怖・不安・焦燥感の深み。特に妻が全身から放つ「待つ」執念は圧巻の一言に尽きる。しかしテンポが悪く間延び感が隠せない。ブラジル人には刺さるのだろう日常感の演出も微妙といえば微妙。もう少し巧く状況説明要素も欲しい。

    Marei Mentlein/1983年、ドイツ生まれ。テレビプロデューサー、コメンテーター。そのほか、自称「職業はドイツ人」として幅広く活動。

  • もう最高!ぜひ観て!!★★★★★
  • 一食ぬいても、ぜひ!★★★★☆
  • 料金の価値は、あり。★★★☆☆
  • 暇だったら……。★★☆☆☆
  • 損するゾ、きっと。★☆☆☆☆
エウニセを演じたフェルナンダ・トーレスは、本作で第82回ゴールデングローブ賞主演女優賞を受賞。また老年期は実母でブラジル人女優として最も名前の知られているフェルナンダ・モンテネグロが演じた。
©2024 VideoFilmes/RT Features/Globoplay/Conspiração/MACT Productions/ARTE France Cinéma 配給:クロックワークス
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『アイム・スティル・ヒア』
監督:ウォルター・サレス(『モーターサイクル・ダイアリーズ』)
2024年/ブラジル・フランス/原題:AINDA ESTOU AQUI/137分
新宿武蔵野館ほか全国ロードショー
https://klockworx.com/movies/imstillhere/