前財務官で、アジア開発銀行総裁の神田眞人氏の連載「ミスター円、世界を駆ける」(全12回)が完結した。

 

現役時代には国際課税(国際的に活動する企業・個人による国境を越えた経済活動に対する課税)について、各国と合意を取るために尽力してきた神田氏。その過程と、国際課税における必要なエッセンスを振り返る。

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財務官として痛恨の極み

 2021年10月にOECD/G20のBEPS包摂的枠組み会合で合意が達成されたのは、「二つの柱による解決策」である。

 一つ目の柱は、市場国(実際に取引を行って儲ける場所)への新たな課税権の配分である。市場国に物理的拠点(恒久的施設=パーマネント・エスタブリッシュメント〔PE〕。支店、倉庫など事業を行うための一定の場所)を置かずにビジネスを行う企業が増加していることに対応する。現在の100年続いている国際課税原則はPEがなければ課税できないというもので、これでは市場国で課税できない。そこで、売上高200億ユーロ超、利益率10%超の大規模・高利益水準のグローバル企業を対象に、その利益率10%を超える超過利益の25%を、物理的拠点の有無にかかわらず、売り上げに応じて市場国に配分することとした。これについては、前述したように多数国間条約の案文を公表している。

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 二つ目の柱は、グローバル・ミニマム課税(世界最低税率)で、低い法人税率や優遇税制によって外国企業を誘致する動きが世界中で強まり、各国の法人税収基盤が弱体化したり、企業間の公平な競争条件を阻害している問題に対応する。いわば、各国が財政危機になるまで自分の首を絞めあう「地獄への競争」(race to the bottom)をやめようというものである。具体的には、軽課税国に所在する子会社等の税負担が国際的に合意された最低税率(15%)に至るまで、親会社の所在する国において課税を行う制度で、現在も、日本を含め、世界での法制化が進められているところだ。

G20で黒田日銀総裁(右)と国際課税改革について会見 Ⓒ共同通信社

 これら「二つの柱」については、2023年7月には交渉成果を結果宣言(アウトカム・ステートメント)として公表できた。この頃には「あと一歩」と、楽観的な雰囲気が支配していた。

 だが結局、OECD/G20で最終的に合意することはできなかった。第一の柱については、2023年10月に多数国間条約の案文の公表までたどりついたし、第二の柱では、我が国を含め、各国で法制化が進行していた。任期中の合意に失敗したことは財務官として、誠に痛恨の極みといわざるをえない。