「胃や肝臓を切り取った」次々現れる生々しい証言

 裁判が始まって間もなく、3月19日付朝日1面コラム「天声人語」は事件を取り上げた。「目下、横浜法廷で裁判中の九大の『生体解剖』事件ほど、人の心を痛ましめるものはない。これがはたして事実なら、大学の名誉を汚辱すること、これより甚だしくはなく、その罪の憎むべきこと、帝銀犯人に劣らぬ」と、帝銀事件と同列に論じ、医学者の倫理の欠如を嘆いた。

朝日新聞「天声人語」も裁判を取り上げた

 その後の法廷では生体解剖を裏付ける生々しい証言が次々現れた。西部軍法務担当の大尉が「アメリカ軍捕虜は収容中、空襲で全員爆死した」と西部軍司令官から陸軍大臣にウソの報告書を提出したと告白(3月19日)、「私も胃や肝臓を切り取った」との元九大助教授の口供書朗読(4月28日)、「カギ穴から『手術』を見た」と九大用務員が証言(5月18日)……。

「私も」との口供書も(西日本新聞)

 8月16日の最終弁論では、「生体解剖は軍の威圧の下に石山、小森らによって計画、実行されたもので、九大関係被告は直接の責任はない」「強要による口供書などは証拠にならず、被告らの『食肉』証言は強要による以外の何物でもない」などと主張した。対して検事側は、いずれについても証拠は十分とし、「食肉」の5被告には死刑を求刑。「横山西部軍司令官も責任を負うべきだ」とした。

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5人に死刑が求刑された(西日本新聞)

 8月27日、判決を朝日は号外で報じた。「横山(元西部軍司令官)ら五名絞首 生軆(体)解剖に判決 食肉関係全員無罪」の見出し。記事の内容は同紙の翌28日付1面トップを見よう。

【横浜発】横浜裁判中最大の事件として世界の視線を集めた元西部軍司令部と九州大学関係の「生体解剖」公判の被告30人は27日午前9時10分、第1号法廷で軍法委員長ジョイス大佐から判決が言い渡された。横山中将と佐藤大佐および九大の助教授2人と講師の計3人が絞首刑。ほかは終身刑4人、重労働14人、無罪7人だが、肝臓試食関係は証拠不十分のため全員無罪となった。

判決で朝日新聞は号外を出した

 福岡の地元紙・西日本は1面に被告30人全員の顔写真を添えて大きく報じたほか、社会面でも雑観記事を大きく扱い、記者の興奮を伝えた。

 この日午前9時、MP(米軍憲兵)に護衛された全被告は緊張の面持ちで被告席に着き、傍聴席の家族たちと感慨深い目礼を交わす。続いて検事、弁護団が入廷して待機する中に、軍法委員長ジョイス大佐以下9人が法廷正面に着席。同15分、ジョイス委員長が開廷を宣すれば一瞬、ホール上部に特設された30の大型電球が一斉に輝き、この日の光景を世界に伝えようと待ち構えていた総司令部、第8軍報道班、パラマウントニュース映画、内外記者団のたく数十のフラッシュがひらめく。運命の審判はついに下るのだ。

西日本新聞は被告らの表情を描写した

 朝日の記事は「佐藤参謀が解剖許可」の中見出しを挟み、「審理の経過は次の通り」として続く。判決の解説のような内容だ。