温度センサー大手・芝浦電子をめぐる、台湾電子部品大手・ヤゲオと精密部品大手のミネベアミツミの買収戦。8月21日には、ヤゲオがTOBの買付価格を引き上げるなど長期化している。両社の争いを報じた文藝春秋の記事から、ヤゲオのピエール・チェン会長が語った「TOBを行った背景」を一部紹介する。
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握手にも応じなかった
機は熟した、とチェン会長は考えていた。この4年で日本の上場企業のガバナンス(企業統治)改革が政府主導で進み、株主価値が重視されるようになった。昨夏、カナダのアリマンタシォン・クシュタールがセブン&アイ・ホールディングスに買収提案したことにも背を押された。そして事は、経済産業省が23年夏に発表した「企業買収における行動指針」に忠実に沿って進められた。
当初は対話を拒むばかりの芝浦電子だったが、年末にヤゲオから全株取得の買収提案が届くと反応が一変した。経産省の指針はこう定めているのだ。「経営陣又は取締役は、経営支配権を取得する旨の買収提案を受領した場合には、速やかに取締役会に付議又は報告することが原則となる」。ヤゲオは、具体的な買収提案を出せば芝浦電子も真剣に面談に応じ、友好的買収の道が開けると期待した。
狙い通り、標的は反応した。だがその「方向」は期待とは違った。芝浦電子はヤゲオに対し、面談には秘密保持契約(NDA)の締結を求めた。NDA案には「6月末までTOBを行わない」という条項があり、ヤゲオはそれを拒否した。並行して芝浦電子はミネベアミツミとの協議を進めていた。野村がミネベアミツミにホワイトナイトを打診したのは1月17日だったが、その翌々週には貝沼会長と芝浦電子の経営陣が一緒に、東南アジアのそれぞれの工場を2泊3日の日程で訪問している。
「私たちが芝浦電子と面談できたのは4月2日の1日だけ、それもわずか3時間です。その時にはミネベアミツミはすでに工場を訪問し、買収価格の交渉まで始めていました。それを後になって開示資料で知り、NDAの奇妙な条項を思い出し、当社との面談はアリバイ作りだったのだと思いました。『ヤゲオには確かに会った。提案を聞いた。だが当社とはシナジーがない』と株主に言う。そのためだけの面談です」
3時間の面談で両社が議論した内容はNDAの対象であり、詳らかではない。ただ関係者によると「芝浦電子の葛西晃社長はチェン会長に名刺を渡さず、握手にも応じなかった」というから、かなり冷え冷えした空気だったようだ。
チェン会長は「ここまでの対応には、率直に言って失望しました」と吐露する。失望――これが今、チェン会長が日本に抱く本音だろう。

