文芸評論家の福嶋亮大さんが香港の社会学者・張彧暋(ちょういくまん)さんとの往復書簡集『辺境の思想 日本と香港から考える』(文藝春秋)を上梓した。8年前、京都国際マンガミュージアムのシンポジウムで知り合って以来の友人で、メールのやり取りを続けていた。
「当初はサブカル系の情報交換が主だったのですが、2011年に日本で東日本大震災、3年後の2014年に香港で雨傘運動(民主化要求デモ)が起き、各々の厳しい社会状況に向き合わざるを得なくなった。“日本で往復書簡を出したい”と提案してくれたのは張さんです。今まで日本と香港は対照されて語られることがなかった。中国や韓国という国家との関係から日本の立ち位置を考えるのではなく、都市のネットワークの中で位置づけたらどうなのか、認識の座標を組み換えたい、というのが本書の最大の狙いです」
張さんは歴史学者・網野善彦の著作に原語(日本語)で親しむ大の日本通だ。2人の日本語によるキャッチボールの中で、網野歴史学のキーワード「アジール(避難所)」が新しい意味を付与され甦る。
「日本や香港のような辺境は本来居場所を失った人達が逃げ込める場所。戦前の日本には、孫文など多くのアジアの知識人や革命家が逃れてきていました。そして日本語というマイナー言語こそ最大のアジールです。政治的に抑圧されている香港人が中国語で言い難いことも、日本語では言える。張さんは本書でアジールとしての日本語を使い、ユニークな言論を展開してくれました」