渡邉恒雄からの呼び出しの席で

――それにしても一体、何の用だろう。素人に再建策を語れとは……。

 私は訝しく思いながら、指定された場所に向かった。そこは大手町の古いパレスホテルの地下にあった料理屋で、渡邉がよく会合などで使っているなじみの店だ。読売本社の目と鼻の先にある。

 巨人軍球団代表や球団社長たちもそこにいた。私は酒を飲んでいる渡邉の向かいに座った。書類をもとに説明しはじめると、脇から私をたしなめる側近の声がする。

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「君、失礼だぞ。(渡邉)主筆の後ろに回って、資料のご説明をしなさい」

 なんだ、対面で話をしているのに、わざわざ後ろからご説明申し上げるのか。ばかばかしい、と思った。国会答弁に立とうとする大臣に後ろからささやいて説明する役人の姿だ。

 社会部記者出身の私はそんなことはできないので(だからダメなのだが)、知らん顔をして続けた。ご説明するほど大げさな話でもない。

 渡邉は私の話がつまらないのか、興味を引いた様子もなかった。反応はよくわからなかったが、私は説明しろと言われたから来ただけなのだ。

 食事を終えると、一人でさっさと運動部に戻った。ビルの灯を仰ぎながら、少し生意気だったか、と思った。そして、すぐにそのことを忘れてしまった。

渡邉恒雄氏 ©︎文藝春秋

読売新聞グループ本社代表取締役社長からの電話

 アテネ五輪の取材準備でそれどころではなかったのだ。開幕10日前にはギリシャにも出張して、アテネ五輪組織委員会会長にインタビューをしていた。帰国して、開会式を2日後に控えた午後、運動部長席の内線電話が鳴った。

「清武くん? 内山です。黙って聞いてください。君に巨人軍の球団代表になってもらいます」

 読売新聞グループ本社代表取締役社長の内山斉からだった。私の地方部記者時代の上司で、渡邉の懐刀である。

「えっ」。声を洩らすと、冷めた声が受話器から響いた。「声は出さないで。明日、私の部屋へ来てください」

――何を言っているんだろう。巨人? やるがんの現場じゃないか。

 受話器を置いた後、しばらく顔を上げられなかった。

次の記事に続く 「部下に恐れられるべきだ」読売のドン・渡邉恒雄氏が大事にしていた“畏怖の哲学”とは?

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