本当の忠義とは何か

 住友グループには「逆命利君、謂之忠」という言葉がある。住友の初代総理事・広瀬宰平の座右の銘だという。

 住友のホームページを開くと「本当の忠義とは、上司や主君の命令、たとえ国家の命令であっても、それが主家のため、国家のためにならなければ、敢えて逆らうことあるべし」という強い意志を表している、とある。

 自由闊達な意見交換を重んじ、身分の上下に捉われずに進言を聞き入れるという伝統の精神があって成り立つ企業精神だが、ここで渡邉に抗うことは、選手育成の要であるコーチたちを守るだけでなく、いつかコーチという立場に就く選手を守ることにつながる、と私は思っていた。

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 そして、プライドの高い彼らを大事にすることが組織や職員ら人間を守ることだと信じていた。それは結局、巨人や読売の信望を深めることではないか。

 その日の午後、私は文科省記者クラブで記者とカメラの前に立っていた。

記者会見の反応とその後

 一旦了承されたはずのコーチ人事が渡邉によって覆されようとしていることなどを明かし、子会社の巨人にも内部統制と健全な企業体質、つまりコンプライアンスが求められていることを説明した。

 それから――ここに記すのも気恥ずかしいのだが――ジャイアンツというチームや巨人軍という会社、自分を育ててくれた読売新聞社に深い愛着を抱いていること、選手やコーチ、監督、ファンの人々を敬愛していること、彼らを裏切ることができないために、読売グループの最高権力者である渡邉に翻意を求めたが聞き入れられないので、やむなく会見に至った心情を訴えた。

 巨人の職員によると、記者会見の時間になるとパソコンの周りにはいくつもの人だかりができた。会見が生中継されたニコニコ動画を視聴するためあわてて登録したのだ。涙を浮かべる職員の姿もあったという。

 私は残務もあったから、会見後、巨人の事務所に戻り、桃井に「心に恥じることはないので堂々と出社します」と挨拶をした。彼は「本社マターになっているから、君の処遇はどうなるかわからん」とすっかりさじを投げた様子だ。

 それから、私に代わって選手育成やスカウト活動を担うであろう職員たちに「私がいなくなっても、あとはよろしくお願いします」と頭を下げた。