この法廷闘争で重要な役割を果たしたのが、動物の法的地位向上を目指す団体「非人間的権利プロジェクト」(Nonhuman Rights Project, NhRP)です。同団体は、現代社会において犬はもはや単なる「物」ではなく、家族の一員として扱われている現実を、法が直視すべきだと訴えました。

キングス郡最高裁判所のアーロン・D・マスロー判事は、この主張を広範に引用し、「融通の利かない判例に固執することは、社会規範と法の一致を妨げる」と指摘。犬を「直系の家族の一員」と認め、社会規範の進化に合わせ動物の法的地位も進化するべきだと判断しました。

ペット先進国ドイツが抱える「矛盾」

今回の判決が画期的なのは、その戦略性にもあります。原告側は「動物に人権を」という急進的な主張ではなく、裁判所が扱い慣れた「人間の精神的苦痛への賠償」という既存の法的枠組みの中で、動物の価値を問い直しました。そのため、大きな抵抗なく受け入れられ、結果として動物の法的地位を漸進的に向上させる、現実的かつ効果的な道筋となったのです。

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この判決は、他の裁判所を法的に拘束するものではありませんが、今後の類似裁判に強い影響を与える「説得的判例」となり、米国内外の法制度に波紋を広げるでしょう。

一方、動物福祉先進国とされる欧州諸国は、それぞれ異なるアプローチでこの難題に取り組んでいます。

ドイツは、動物の法的地位を向上させるため、国の根幹である民法典そのものに踏み込んでいます。ドイツ民法典第90a条は「動物は物ではない(Tieresind keine Sachen)」と明確に宣言しています。しかし、この理念には「別段の定めがない限り、『物』に関する規定が動物にも準用される」という重要な留保が付されています。

つまり、理念上は「物ではない」としながらも、売買や損害賠償といった具体的な法適用場面では、依然として財産と同様の扱いを受けるという、理念と実務の間の乖離が残っています。この「原則と現実のギャップ」は、民法典の改正という大きな一歩を踏み出してもなお、課題が残ることを示唆しています。