将棋界のトップ棋士を育てた師匠同士が語り合う中で、藤井聡太竜王・名人(七冠)の知られざる一面が明かされた。杉本昌隆八段のエッセー集『師匠はつらいよ2 藤井聡太とライバルたち』の刊行を記念した対談で、師匠の杉本八段と深浦康市九段が「師弟」をテーマに率直な思いを語った。

杉本昌隆八段 撮影=杉山秀樹/文藝春秋

 藤井七冠の師匠である杉本八段は、弟子の勝負への凄まじい執念について興味深いエピソードを披露した。「他の弟子より強かったので、基本的には主張が通ります。アツくなるのは、やっぱり一発を食らったときですよ」と振り返る。

 特に印象的だったのは、深浦九段との練習将棋での出来事だ。深浦九段がプロデビューして間もない藤井七冠(当時四段)に練習将棋で勝利した際、杉本八段は「そのときにやたらと藤井が悔しがっていたような気が……。すいません、多分彼の中では『勝っていたのに一発食らった』と思っていたような気がします」と苦笑いを浮かべながら語った。

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「相手の立場がないよ」と師匠が諭すほどの悔しがり方

 杉本八段によると、藤井七冠は傍から見ればどちらが勝ってもおかしくない将棋でも、自分の中で勝つイメージを描いていた場合に負けると、異常なほど悔しがるという。「『そんなに悔しがられたら、相手の立場がないよ』といったこともありますが」と、師匠として弟子を諭した経験を明かした。

 この悔しがり方は公式戦でも見られるもので、深浦九段との2017年の叡王戦で逆転負けを喫した際には、正座のまま太ももを叩いて悔しさを露わにしていた。杉本八段は「奨励会のときも太ももを叩いていたらしいんですよねぇ。『何をやっているんだ』と怒りを自分にぶつけていたのでしょう」と分析する。

深浦康市九段 撮影=杉山秀樹/文藝春秋

 深浦九段も当時を振り返り、「最後の最後にこちらの勝ちが見えましたけど、きちんと詰まさないと負かされちゃいますから」とプレッシャーを感じていたことを明かした。まだ投了していない局面で藤井七冠が頭をがくんとさせてぐったりしている様子を見て、「間違えたら負け」という緊張感の中で指し手を選ぶ難しさを語った。杉本八段も「練習将棋で藤井くんにがっかりされても、私のミスで逆転負けは何度もありました。そういうとき、ちょっと申し訳なさそうな様子になるんですよねぇ」としみじみと述懐した。

 現在も永瀬拓矢九段との練習将棋では感想戦が「本当に楽しそう」だといい、8年間その光景を見続けてきた杉本八段は「タイトル戦の映像を見ても研究会とまったく一緒です」と、藤井七冠の将棋への純粋な情熱を物語るエピソードで対談を締めくくった。

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