将棋界のトップ棋士・藤井聡太竜王名人の師匠として知られる杉本昌隆八段と、佐々木大地七段の師匠・深浦康市九段が、師弟関係の難しさについて語り合った。杉本八段の著書『師匠はつらいよ2 藤井聡太とライバルたち』の刊行を記念した対談で、二人の師匠は弟子育成の苦労を赤裸々に明かしている。

 深浦九段は、佐々木七段との最近のエピソードを振り返る。

「順位戦が迫っているのに、自分との練習将棋で20分の持ち時間を半分しか使わなかったんですよ。結果は自分が負けましたけど(苦笑)」

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深浦康市九段(左)と杉本昌隆八段 撮影=杉山秀樹/文藝春秋

 長時間の対局に備えて時間をかけて考える習慣をつけてほしいという師匠の思いとは裏腹に、研究範囲だからと早指しで済ませてしまう弟子。「最近もちょっと叱りました」と深浦九段は苦笑いを浮かべる。

 杉本八段も、藤井七冠との関係性がうかがえる近年のエピソードを明かす。ある企画の師弟タッグマッチで敗れた後、藤井七冠に感想を求めると、自身の指し手を「勢いがない」とぼやいた師匠に対し、「逆じゃないでしょうか。もっとおとなしくやったほうがよかった」と的確な指摘が返ってきたという。杉本八段は「確かにおっしゃる通り。でも、そんな大事なことは対局前にいってくれないとね」と笑いながら振り返った。

「何が正しいかはわからないんですけど、できることだったらなんでもしてあげたい」

 印象的だったのは、弟子の昇段がかかった三段リーグ最終日のエピソードだ。杉本八段は、年齢制限が迫る齊藤裕也四段(当時三段)の対局結果を待つ間、わずか10分足らずの仮眠中に弟子が夢に出てきて「すいません」と辞める挨拶をされたという。「1局目に負けた時点で最終戦に勝ってもプロ入りは他力になってしまいましたが、結果的に昇段してよかったです」と当時の心境を振り返る。

 深浦九段も弟子の齊藤優希四段について「26歳を過ぎて観念しましたね。でも、そこから今までに見たことないような底力を見せられました」と語る。27歳で迎えた三段リーグで1勝6敗という絶体絶命のスタートを切った弟子を心配し、学問の神様・湯島天神で一緒にお参りしたこともあった。

 二人の師匠に共通するのは、弟子への深い愛情だ。「何が正しいかはわからないんですけど、できることだったらなんでもしてあげたいなという思いはありますよね」という杉本八段の言葉が、師匠たちの本音を物語っている。

 将棋界は弟子入りしないとプロになれない世界。師弟関係は何十年も続き、その距離感は非常に難しい。威厳のある師匠像とは裏腹に、実際は弟子の成長を見守りながら悩み続ける姿がそこにはあった。

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