このライオンの石像は医院の向かいの石材店で造られたのだが、出来栄えに不満な依頼主が買い取りを拒否してきた。それで困り果てていた石材店の親方を見かねて、伯父が譲り受けたという。行き場をなくして伯父に引き取られた境遇は、やなせもライオン像と同じだ。アニメに登場するブルブルの表情は優しそうだが、頼りなさそうで寂しそうでもある。少年時代の自身に似せて描いたのだろうか?

『やさしいライオン』の制作スタッフは、虫プロから派遣されたアニメーターが5人だけ。何百人ものスタッフが参加した『千夜一夜物語』とは比較にならない小世帯だった。監督のやなせもアニメーターと一緒になってセル画を描き、撮影や音入れなど雑多な仕事を何役もこなす。慣れないことばかりで色々と苦労はしたけど、映画作りは面白くやり甲斐が感じられた。

子供向けの作品では高く評価される

手塚の好意に甘えて、好き勝手にやらせてもらった。作品がどのように評価されようが、そんなことはどうでもいい。とにかく、自分が描きたいものを描いて、やりたいと思った手法もすべて取り入れた。

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やりたかったことを存分にやり尽くし、得も言われぬ達成感を味わうことができた。

それだけで十分に満足していたのだが、この映画が第24回毎日映画コンクールで大藤信郎賞を受賞してしまう。

ちなみに近年では、『君たちはどう生きるか』『この世界の片隅に』などの話題作が受賞している。いずれも評価の高い作品だ。

やさしいライオン』は幼児向けの絵本にもなった。売れ行き好調で次回作の依頼もきている。子ども向け漫画を描くのを嫌がっていた自分が、まさか、もっと幼い幼児向けの絵本を描くことになるなんて、まったく想像もしていなかった。人生は本当に何が起こるか分からない。

経歴に絵本作家という新たな職種がまた増えた。しかし、この仕事は便利屋の“困った時のやなせさん”ではない。誰でもいいというわけではなく、版元は絵本作家・やなせたかしの仕事に期待しているのだ。

やなせもまた、いつもの便利屋のようなアルバイト感覚ではなかった。コスパなど考えず、時間を忘れて仕事に没頭した。この絵が子どもたちを笑顔にする。そう思うと描くのがいっそう楽しくなり、他のことはすべて忘れて熱中してしまう。

青山 誠(あおやま・まこと)
作家
大阪芸術大学卒業。近・現代史を中心に歴史エッセイやルポルタージュを手がける。著書に『ウソみたいだけど本当にあった歴史雑学』(彩図社)、『牧野富太郎~雑草という草はない~日本植物学の父』(角川文庫)などがある。
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