“攻撃のスイッチ”を入れたものは?
問題は、今回の事故で何が“攻撃のスイッチ”を入れたのか、という点だ。
その意味で前出の報告書に興味深い一節がある。事故発生時の被害者Aさんについてこう指摘しているのだ。
〈被害者は同行者から離れ、先行して単独で走って移動していた可能性が高い。被害者の移動速度などは不詳であるが、登山全体の行程から類推してもかなり早いペースで下山していたと推定される〉
こうした行動からはトレイルランニング(舗装されていない山道や林道など自然の地形を走るアウトドアスポーツ)などを連想するが、実際にはAさんが山中を〈走って移動〉していた可能性が高いということしかわかっていない。だが走るという行為そのものが「ヒグマの棲息する地域では極めて危険性が高い」と藤本は指摘する。
「とくに事故現場はかなり見通しが悪い場所とされ、被害者もクマも直前までお互いの存在に気付かなかった可能性が高い。もしかすると、たまたま母グマと子グマの間に割って入るような形になってしまったのかもしれません。もしそうであれば、母グマは子グマを守るために躊躇なく被害者を攻撃したはずです」
前述した通り、実際に何が起きたのかはわからない。だが、その遭遇が両者にとって最悪のタイミングで起きてしまったことだけは疑いようがない。
銃を持った人間から逃げないヒグマも
そして恐ろしいことに、こうした不幸な遭遇は今後も起こり得る。
「安全管理を徹底してきた知床で起きたということは、今後、道内のどこで同様の事故が起きてもまったくおかしくないということです。それだけクマの数が増えて、一方でこれを駆除するハンターの数は減っている。クマの生活圏が人間に近くなり、人に慣れたことで、母グマから子グマに“人間は怖がらなくてもいい”と教えられるのは非常にまずい。現に、最近では、知床に隣接する我々の地域でも出没情報を受けた我々が銃を持って駆除に駆け付けても、逃げようともしないヒグマも多い。それだけ人とヒグマの距離が近くなってしまっているのが現状です」(同前)
