「古屋が突然立ち上がって…」法廷で驚きの行動に
舞台は東京高裁での控訴審に移った。そこでまた驚くべき出来事が起きる。1956年8月21日付毎日朝刊は社会面トップで伝えた。
法廷で愛人を突刺す 証言終えたとき 埼玉の殺人犯 隠していた竹ベラで
一昨年、埼玉県入間郡で起こったバラバラ事件の容疑者、古屋栄雄(30)は20日午後、東京高裁の公判廷で、証人として出廷した愛人の女性(24)=山梨県塩山市=を隠し持っていた竹ベラで突き刺し、全治2週間の傷を負わせた。検察当局では殺人未遂として調べているが、公判廷での殺人未遂事件は初めてで、収監中の被告に凶器を持たせていた東京拘置所の失態が追及されよう。
女性は同日午後0時から東京高裁4階の刑事五号法廷で開かれた古屋の控訴審に出廷。「古屋は自分を恋人と言っているが、迷惑も甚だしい。私は全く関わりありません」と証言した。同20分ごろ、証言台からしりぞこうとした時、弁護人席の真ん前に腰かけていた古屋が突然立ち上がって竹ベラを振るい、駆け寄って突き刺した。看守4人が取り押さえ、竹ベラが途中で折れたので大事に至らなかったが、女性は右胸に深さ1センチの傷を負った。竹ベラは長さ15~16センチ、幅3センチで、先が切り出しナイフのように鋭く研ぎ澄まされており、手元には布が巻き付けてあった。
古屋に死刑が確定「異常性はたやすく矯正されるものではない」
後でこの竹ベラは房内で使われていたハエたたきの柄で作ったものと分かった。この事件が司法関係者に与えた衝撃は大きく、法廷での証人保護について話し合いが持たれた。それがどんな結果を呼ぶのかと思われたが、10日後の8月30日に言い渡された控訴審判決は、一審無期を破棄して死刑。
「被告人の性格的異常性はたやすく矯正されるものではない」「特別予防ならびに一般予防の観点から、慎重に考慮を重ねた結果、被告人に対するに極刑をもってすることこそ、よく刑政の目的にかなうと考えるのである」「原判決は明らかに不当に軽い処置であったといわなくてはならない」などを理由に挙げた。
「竹ベラ事件」で判決を書き換えたのかどうかは分からないが、裁判官の心証を悪くしたことは間違いない。同日付朝日夕刊は次のように書いた。
「この日、弁護人から『きょうは何も持ってないね』と言われてニヤニヤ笑い、落ち着いた態度で判決を聞いた。死刑を言い渡されると、わずかに肩を震わせた程度。『覚悟していた』といった様子だった」
古屋は上告したが1957(昭和32)年7月に棄却され、それから約2年後の1959(昭和34)年5月、宮城刑務所で刑が執行された。34歳だった。日本は高度成長期に入っていた。訃報は新聞には載らなかったようで、彼の最期を伝えるものは何もない。


