これは明らかにカメラの前で行われた性加害

――視線についての映画、というのは言い得て妙ですね。『ラストタンゴ・イン・パリ』の撮影中の場面では、恐怖を感じ叫び声をあげるマリアの顔から、反対側のスタッフたちの顔に切り替わった瞬間、全員が何事もないかのように彼女の様子を冷たく見つめている様子が写り、ぞっとする思いがしました。

ジェシカ・パルー 問題のシーンを撮るにあたっては本当に熟考しました。あのシーンの撮影がマリアの人生を壊してしまったのは事実でしたから、そこで何が起こったのか、自分なりの解釈によって撮らなければいけないと心を決めました。

 調査のために『ラストタンゴ・イン・パリ』のオリジナルのシナリオも見ましたが、実はあの場面で起きたことはシナリオには書かれていなかったんです。マリアはもちろんのこと、スタッフたちもみな、実際に演技が始まるまで、ここでどういうことが起こるのかは知らされていなかった。何が起こるかを知っていたのはベルトルッチとマーロン・ブランド、ただふたりだけだったのです。

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 そして撮影が始まり、突然、48歳の大柄なマーロン・ブランドが19歳のマリアの服を無理やり脱がせ床に力づくで押し倒す。彼女は予期せぬ行為に恐怖を感じ、涙を流し「やめて!」と叫びます。それは演技ではなく本物の叫びでした。ところが現場にいた誰も彼女を助けようとせずただ黙ってカメラを回していた。つまりスタッフたちもまた共犯者だったのです。もし監督が事前にどんな場面を撮りたいかを説明していたら、マリアは演出意図を理解し、どんな過激な描写であろうと演じる覚悟を決めたでしょう。でも監督とブランドは勝手に話し合い、彼女の許しを得ずにあの場面を撮った。私は、これは明らかにカメラの前で行われた性加害だと思います。

 この映画を見た人のなかには「(『タンゴの後で』は)『ラストタンゴ・イン・パリ』のあの悪名高い場面を再現した」と言う人もいますが、それは完全に間違いです。私は再現をしたのではありません。私は、そこでマリアがどんなふうに暴力を受けたのか、どのようなトラウマを負ったのか、そしてそれが誰からも認識されなかったという事実を見せるため、新たな解釈のもとに演出をしています。

 カット割りも『ラストタンゴ・イン・パリ』とはまるで違うものです。俳優たちがお互いの体のどこに手を置き、どのように触れ合うかも、振り付けのように演出しました。190センチ近くある大柄の男性に押し倒されるわけですから、演じるアナマリア(・ヴァルトロメイ)が怪我しないように、スタントの専門家に入念な振り付けをしてもらい撮りました。

 撮影後、モニターで撮影した場面をみんなで確認したのですが、それを見ながら、演じた俳優たちもかなり動揺していましたね。マット・ディロンは、「彼(マーロン・ブランド)はどうしてこんなことができたんだろう」と呟いていました。自分で演じてみたことで、ブランドが行った暴力がどういうことだったのかよく理解できたとマット・ディロンは言っていました。

 ラストシーンをどう捉えるかは見た方に委ねられています。芸術の名の下ではどんなことも許されるのか。芸術の名の下で行われた暴力を、私たちはどう考えるべきなのか。観客には、そう自問自答してほしい。この映画は、私が何か特定の意見を主張するためにつくったのではありません。かつてこういうことがあったという事実の提示なのです。

Jessica Palud/1982年、パリ生まれ。若い頃から映画の撮影現場で働き始め、助監督としてソフィア・コッポラらの作品に携わる。ベルナルド・ベルトルッチ監督『ドリーマーズ』(03)ではインターンとして働いていた。2020年に初長編『Revenir』を発表。『タンゴの後で』は長編2作目。

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映画『タンゴの後で』
9月5日公開
https://transformer.co.jp/m/afterthetango/

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