「舞台は、僕の俳優としてのルーツです。だけど、まさか外国の方と一から作品を作って海外公演、しかも米国や英国じゃなく、ルーマニアでやることになるとは思ってもいませんでした。もちろん、この上なく光栄で、幸せな体験でした」

佐々木蔵之介さん

 そう語る佐々木蔵之介さんの驚くべき挑戦と活躍について、まずは紹介しよう。今年、東京芸術劇場がルーマニアのラドゥ・スタンカ国立劇場と共同製作した舞台『ヨナ-Jonah』に主演。初演の地はなんとルーマニアの都市シビウだった。というのも、演出を担当したのは現代ルーマニア演劇界の名匠にして鬼才シルヴィウ・プルカレーテ。そこで佐々木さんは単身渡欧、約2カ月間ルーマニアで暮らしながらみっちりと稽古を積んだ。そして5月のワールドプレミアを皮切りに、ルーマニア、ハンガリー、モルドバ、ブルガリアの東欧6都市を巡るツアーを敢行。現地ではこれが大きな話題に、また大変な評判となってチケットは完売。ツアー最終日の「シビウ国際演劇祭」では追加公演が組まれたうえ、目の肥えた観客たちによる熱烈なスタンディングオベーションに包まれ幕を閉じたというのだ。

佐々木蔵之介ひとり芝居『ヨナ-Jonah』(10月1日~13日/東京芸術劇場 シアターウエストにて)

 演目の内容はルーマニアの国民的詩人マリン・ソレスクの代表作を原作とするひとり芝居。佐々木さんが演じるのは、預言者であり、神に背いて鯨に飲み込まれ、3日後にその腹から生還した男ヨナである。旧約聖書の登場人物でもあり、キリスト教圏では知られた物語でもある。

ADVERTISEMENT

「いや、全く初めて知りました。聞いたところでは、原作者のソレスクは日本の宮沢賢治のような存在なのだそうです。この物語も教科書に載っていて、ルーマニアの人たちにとってはとても身近で大切な、自分たちの魂の拠り所となるような物語なのだとか。それを外国人の自分がやることに不安や戸惑いは……そりゃあ、ありました。でもそれ以上に、この戯曲を選んだプルカレーテを信頼していましたから。絶対に面白い舞台になる確信は最初からありました」

佐々木蔵之介ひとり芝居『ヨナ-Jonah』ワールドプレミア(2025年5月21日・22日ルーマニア・シビウ ラドゥ・スタンカ国立劇場)Photo:TNRS: ALEXANDRU CONDURACHE

 佐々木さんがプルカレーテ演出の舞台に立つのは、これが3作目だ。2017年と2022年に、氏が日本で手がけた舞台にいずれも主演した。そこで生まれた強い絆から、「“次は僕がルーマニアに行って芝居をしよう”と言っていた、そんな夢みたいな話が実現してしまったというわけです。彼は本当に唯一無二の才能の持ち主。かつて、シビウ国際演劇祭で彼が演出した『ファウスト』を観た時の衝撃は今も忘れられません。これまでで一番面白い演劇体験でした。こんな舞台は見たことがない! と何度も叫びたくなるシーンの連続。それくらい大胆で、何が起きるかわからないワクワクに満ちているんです」。