これは詩。そして“自由を求める人間の話”
『ヨナ-Jonah』では、ひとり芝居ゆえに、ステージ上にいるのは基本的に佐々木さん1人だけ。なのに冒頭から滔々と「ヨーナー」と何度も呼びかけたかと思うと、それは実は自分の名であり、海の中の魚たちを欺くためにそうしている、とうそぶく。難解さと滑稽味が共存する世界観――。
「原作は詩です。話の筋自体はシンプルですが、ただ言葉(セリフ)を表面的に追っていけば、すべて理解できるという作品ではありません。だから最初に仮台本を読んだ時には頭を抱えました(苦笑)。翻訳・修辞としてドリアン助川さんに入っていただいて、同じ詩人の感性でもって編み直された台本で、ようやく光が見えてきた。それでもルーマニアの精神性を汲み取れと言われたら、正直、無理に思えた。そこでプルカレーテに言ったんです。“僕はヨナをただの1人の男、一介の漁師として演じるよ”と。そしたら彼は“それでいい”と。そこから稽古を重ねていくうちに、どんどんヨナが体に馴染んできました。どんな苦境の中にあろうとも懸命に生きていこうとする。それは人間普遍の姿ですから」
役を掴むのに役立ったことの1つが、やはりこの物語が生まれた地にしばらく身を置いて過ごした経験だった。本作が初めて劇場にかけられたのは1969年。ところが内容が問題視され、即刻上演中止に。ルーマニアの独裁者として君臨していたチャウシェスク政権下では、劇場の中ですら自由が虐げられ、笑いが取り上げられていたのだ。
「これは“自由を求める人間の話”。僕はそう理解しています。シビウに滞在する間、ルーマニアの様々な場所を訪ねましたが特に田舎のほうに行くと、かつての暗い時代の名残がところどころに見られました。プルカレーテも現地のスタッフたちも多くを語るわけではありませんでしたが、その空気感は確かなものでした。また、ルーマニアを始め、モルドバ、ハンガリーは、ウクライナに国境を接しています。今現在、隣国では戦争をしている、その気配を感じながらの公演を、どんな言葉で表していいのか僕にはわかりません。ただ、僕の舞台を涙を流しながら観てくださる方々の痛みの根源にある記憶や思いは少しわかったような気がしています。そしてそれは、外国人の僕が、通じない言葉(日本語)で演じることで、かえって本質に触れやすくなっていたのかもしれないとも感じましたね」
シビウ国際演劇祭2025 ウォーク・オブ・フェイム ©T.MINAMOTO
こうしてヨーロッパで大成功をおさめた佐々木さんのひとり芝居『ヨナ-Jonah』が、来月、ついに日本に上陸する。多くの日本人には馴染みの薄い国の物語。でも、「予習無しで観てほしい」と佐々木さん。「100%理解できなくても、感じたり想像したりはできる。むしろ、そっちのほうが面白いかも。それに海外のお客さんは字幕での観劇だったのに対して、日本のお客さんにはよりダイレクトにソレスクの詩を、ヨナの言葉を、届けることができる。それを聞いて日本のお客さんたちが何を感じるのか? 僕がそうだったように、それぞれのヨナを自分の中に見出してくれるのか? それがとても楽しみです」
ささきくらのすけ/1968年生まれ、京都府出身。大学在学中、劇団「惑星ピスタチオ」の旗揚げに参加。退団後はテレビや映画などにも活躍の幅を広げるが、継続的に舞台に立ち続けている。フォトブック「光へと向かう道~『ヨナ』が教えてくれたルーマニア」がANCHOR SHOPにて発売中、また各公演会場にて販売予定。
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舞台『ヨナ-Jonah』
10月1日(水)~13日(月・祝)東京芸術劇場 シアターウエストにて/その後、金沢・松本・水戸・山口・大阪公演あり
https://autumnmeteorite.jp/ja/2025/program/jonah





