「これは世界的殺人事件か、呆れた陰謀論か、どちらかだ。後者の場合は謝ります」
冒頭でいきなり監督の謝罪のような言葉が述べられる異色作『誰がハマーショルドを殺したか』(Amazonプライムビデオなどで配信中)。その言葉の通り、このドキュメンタリーで語られる話はにわかには信じがたい、実に奇っ怪な話である。
1961年、国連事務総長ダグ・ハマーショルドを乗せた航空機がアフリカのザンビアとコンゴの国境付近で墜落事故を起こし、乗員全員が死亡した未解決事件。国連の独自調査では故意に墜落させられた可能性も否定できないとされ、暗殺説が囁かれていた。ハマーショルドは当時、コンゴから分離独立を宣言した反乱勢力に対し国連軍を派遣。だが、独断で行動したことに米英が反発。問題の解決を図ろうと反乱勢力との和平交渉に向かう最中、着陸寸前に墜落死した。その死に疑問を抱く監督のマッツ・ブリュガーは6年もの間、この謎に迫り続けた。
現地住民は事件当夜の不可解な状況を鮮明に覚えていた。着陸直前、なぜか空港の明かりが一斉に消えた。上司の英国人に尋ねると彼は「シーッ」と指で口を閉じる仕草をしたという。
「大きな飛行機の後ろに、小さな機体(戦闘機)がいた」
「バンッと閃光が走った」
という証言も。さらに、ハマーショルドの遺体のシャツの襟元にはトランプの“スペードのエース”が挟まれていた。元諜報機関の男がその意味を語る。
「我々の世界ではよく知られている。エースのカードはCIAのやり方なんだ」
関与を窺わせる、謂わば“名刺”だという。まるでスパイ映画のような話だ。
取材を進めるにつれ、当惑を深める監督。信じがたい話はまだ続く。1998年に南アフリカの人種隔離政策の犯罪調査委員会が捜査の過程で、ある極秘文書を発見したと公表していた。「南アフリカ海洋研究所」と呼ばれる謎の諜報機関が作成したハマーショルド殺害の計画書だ。英国の秘密情報部MI6や米国のCIAとの共謀も記されていた。
「これらの文書は本物かもしれない。だが、よくできた偽文書の可能性もある」
半信半疑の監督がさらに調べを進めると、その海洋研究所の指導者だったという1人の男が浮上する。常に全身白い服を纏い、医師を名乗って診療所で黒人に無償で医療を提供していたという。住民たちは言う。
「黒人に実験をしていた」
「ニセの注射を打っていた」
なんとその男は、ワクチン接種を装ってアフリカにエイズを蔓延させようとしていた疑いがあるという。
何なんだ、この話は……。現場に残された死のカード、南アフリカの秘密結社、そして白人至上主義を押し進める全身白ずくめの悪魔。異様な話の数々に戸惑いをおぼえる。さぞかし監督もこの話をどう伝えればよいか、頭を悩ませたのだろう。本作は監督自身が語り部となり、取材過程の困惑や混沌を率直に吐露しながら進行する。まるで編集室での会話をそのまま見せるようなトリッキーなメタ演出だ。
果たして謎の秘密結社は実在するのか。ハマーショルドの死との関連は? 衝撃的な証言で幕を閉じる本作。鼻白むか、真に迫ると捉えるかはあなた次第だ。
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『誰がハマーショルドを殺したか』
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