「いっそのこと、おまえが殺しにいけばいいのに」――1982年、娘を殺害された男は、やがて復讐を計画する……。なぜ「犯人の正体」がわかったのか? 最初は法で裁くつもりだった父親が心変わりした理由とは? 2009年に起きた「復讐事件」を、我が子を無惨に殺された親、学生時代ひどいイジメに遭った者などが仕返しを果たした国内外の事件を取り上げた新刊『世界で起きた戦慄の復讐劇35』(鉄人社)から一部抜粋してお届けする。(全3回の2回目/続きを読む)
◆◆◆
「娘の遺体」を再検査したところ…
しかし、1985年、バンベルスキーの必死の訴えによりカリンカの遺体が掘り起こされることになった。遺体をパリの法医学研究所に移送し再検査したところ、驚くべき事実が判明する。体内から自殺にも使われる危険な薬品イソプチンが検出されたのだ。これにより、クロムバッハが蘇生のために注射をしたという供述が嘘である可能性が高まった。
ただ、ドイツでの刑事裁判ではクロムバッハの注射が過失または故意に少女の死を引き起こしたことを証明する証拠が不十分である判断され、1987年に審理は終結。クロムバッハが暴行目的でカリンカに注射を打ち死に至らしめたという物的証拠が見つからないまま事件から11年が経った1993年4月8日、フランスの検察は検死結果からクロムバッハの起訴材料が揃ったとのことから、被告人(クロムバッハ)不在のまま、フランスの裁判所において殺人容疑で刑事起訴。
2年後の1995年3月9日、クロムバッハに禁固15年の国際逮捕状を出す。対して、ドイツ政府は被告人不在で下された判決は違法であるとフランス政府当局の要求を拒否した。
