筆者が「ジェンダーロール(性別役割分業)」という言葉で示唆したかったことは概ねそのような反応に沿うものですが、寄せられたリプライや引用リポストが、強い口調で広告に表現されたジェンダー観を否定したり、大正製薬の企業姿勢を糾弾したりするものが多いことに驚きました。ソーシャルメディア上での広告表現をめぐる反応はしばしば「炎上」と呼ばれますが、電車内という公共空間で掲出される広告のメッセージが、いかに消費者の企業に対するイメージを下げ、信頼性を損ない得るかを、自分の投稿に対するさまざまな反応を目の当たりにして実感しました。

 その後、筆者が投稿した写真はウェブニュース専門チャンネルABEMA NEWSの番組で紹介され、出演者たちは広告を見ながら、女性に添えられたキャッチコピーの何を課題と感じるのか、それぞれの観点から意見を述べあっていました。出演者たちの視点と意見には嚙みあわないものがあり、議論を通して表現への理解が深められたとは筆者には思えませんでしたが、広告表現をめぐって、ソーシャルメディア上での言葉の応酬にとどまらない対話の場の必要性は認識されつつあると感じました。

女性向けのメッセージが世の中の問題意識から乖離していた

 先ほど「ずいぶん前に見たリポビタンDの広告に重なって懐かしさを感じつつ」と書きましたが、筆者の記憶にあるリポビタンDの広告は、1980年代から1990年代に放映されていたテレビCMです。屈強な男性俳優が二人組で登場し、全力疾走したり、跳び上がったり、崖をよじ登ったり、濁流に飲み込まれたりするハードなアクションを繰り広げる様子がドラマティックな映像で描き出され、締めくくりに「ファイトォーッ!」「イッパァーツ!」と勇ましく声をかけあうのがお決まりの展開でした。

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 CMの終わりには「肉体疲労時の栄養補給に、リポビタンD!」と男性の声でナレーションが流れるものの、映像で表現されているのは力みなぎる男性の強靭な身体であり、「肉体疲労」について伝えるものではありませんでした。

 その後、2010年代以降のCMではアスリートやスポーツチームを起用し、ハードなアクションよりも、試合に挑むアスリートを応援する側面をより強調する内容になりました。錠剤タイプのリポビタンDXとともに「疲労回復」の効能を描くことに重点を置いた広告も制作されています【※1】。しかし実際のところ、リポビタンDは「ファイト・一発!」というキャッチコピーとともに、長年男性を起用したCMを通して「男らしさ」を前面に押し出し、ブランドのイメージを築いた商品です。

 2000年代以降は女性向けにリポビタンファイン、リポビタンフィールといった商品も発売されていますが、今回の広告はリポビタンDをより幅広く女性の消費者にも訴求することを目指すものでした。その中で、女性が日々の生活に追われていることが「仕事、育児、家事。3人自分が欲しくないですか?」というコピーで表現されたのですが、消費者には女性の就労やケア役割の問題意識と著しく乖離しているように映り、この広告に対する批判として噴出しました【※2】。

 キャッチコピーが世の中の問題意識から乖離した表現のまま広告として公表された要因の一つには、クライアント企業・広告代理店・制作会社・メディアなど広告制作に関わる複数の組織の中で、消費者に訴求する表現方法が内包するジェンダー問題を認識して指摘する人がいない、もしくはいたとしても、その指摘を反映して問題の発生を事前に防げるような組織運営がなされていないことがあるのでしょう。

 電車内という極めて公共性が高い空間に掲出される広告は、年齢や性別もさまざまな人が目にするもので、消費者への訴求手段である以上に、企業理念を表現するものとして強い影響力を持ちます。旧態依然としたジェンダー意識が漏れ出る広告は消費者から支持されるとは思えませんし、企業として成長意識に欠けていると受け止められます。広告が「炎上」した場合、内容訂正・取り下げなどの場当たり的な対処に終始しがちですが、今後消費者と企業とのコミュニケーションを改善するためには、倫理・ジェンダー表現など多面的に照らし合わせて広告を分析し、表現のあり方を検証する必要があります。